今林大輔先生:いまはやしデンタルオフィス
「満たされない思い」の先に見つけた答え
歯科医師を志した理由について、教えていただけますか。
父は地方公務員、母はパートタイマー、二つ上に姉という典型的な昭和の核家族で育ちました。歯科に興味を持ったきっかけは、『手に職を持ったほうが良い』という父の教えによる影響が大きかったです。実際のところ、高校時代は部活にのめり込み浪人してしまい、当時の学力から手の届く学部が歯学部だったという、何とも消極的な理由で歯科大学を受験しました。
歯科大学に入学してから現在に至るまでの経緯・学びについてお聞かせください。
<学生時代>
勉学に打ち込むというタイプからは程遠い生活を送っていました。しかしながら、高校、大学、社会人まで続けたラグビー部の活動や、友人との付き合いに全力投球した結果、社会性や人間関係を構築する能力を身に着けました。「何事にも思いっきり取り組む」ことで得られる人との繋がりは、必ず人生に役立つという信念として、私の人生訓となっています。
<歯科医師>
多くの歯科医師に共通していることだと思いますが、私も初めてお世話になった勤務先の院長の教えから、大きな影響を受けました。
- How toではなく教科書から基礎を学び、自分軸で臨床の意志決定をする習慣
- 歯周病学、補綴学は米国専門医から長期的な視点で学ぶ
大学の同級生が有名セミナーを受講した話は聞いていましたが、私自身に焦りはなく、「今はその時期ではない」とどこか達観していたように思います。
小手先に飛びつかず長期的な視野を持ち、自分軸で物事を考える。不安定で将来の見通しが立ちにくい現代においても、自信を持って歯科臨床に臨むことができる基礎は、ここで築いたものだと思います。
旧来の削って詰める「むし歯治療」から「予防歯科」に力を入れようと思った転機について、教えていただけますでしょうか。
大きな借り入れ後、勢いのまま開業し3年間スタッフと頑張った結果、患者は増えたが「何か満たされない思い」に蓋をして、毎日を過ごしていたように思います。患者を増やして、お金の不安から解放されるために仕事をする毎日。治療技術セミナーを受講すれば、高度な治療ができるようになり、患者が喜び収入も増え、短期的に欲求が満たされる。でも「何かが足りない」という感情がなくなることはありませんでした。
私にとって旧来の「むし歯治療」は、自分の潜在的な願いを断ち切って努力し、技術を磨き上げた経緯を否定するものではありません。しかし、歯科医師としての裁量権をフルに活かすには、「予防歯科」の枠組みから、口腔の健康維持をベースに、意思決定をすることがベストだと気が付きました。
ミライを照らす予防歯科
オーラルフィジシャン育成セミナー(2014年36期)の受講理由、またその学びや現在の臨床現場で活かされていることについて、教えていただけますか。(2022年8月現在 72期)
学生時代の話になりますが、九州歯科大学では予防学教室「竹原教授」のご縁で、4年生になると毎年授業を変更し、1日中朝から夕方まで「熊谷崇先生の特別講義」が行われていました。講義内容というよりは、そこで受けた衝撃の大きさを、今でも身体感覚として覚えています。
歯科医師となったのちも、「若い歯科医師のためのプレオーラルフィジシャンセミナー」を受講した知人の話を聞いたり、自分では「開業して3年経ったらオーラルフィジシャン育成セミナーを受ける」旨の発言を繰り返していましたので、結局受けたくてしょうがなかったのですが決心できず、誰かに背中を押してほしかったのでしょうね(笑)
その後、開業3年目に意を決して九州から山形まで飛行機を乗り継ぎ、スタッフとともにオーラルフィジシャンセミナー36期を受講しました。
講師の先生方からのお話を聞きながら私が感じたのは、「ここは知識を学ぶ場ではない」というメッセージだったように思います。セミナーを一緒に受講した歯科衛生士とは、一緒に医院を構築したパートナーとしてお互いにかけがえのない同志となり、さらに周りを巻き込んで、今では良いエネルギーの循環を生み出しています。
今林先生はPreOP西日本チームの講師であり後進の育成にも携わっております。
新規開業予定の先生にお話しを聞くと、予防歯科の重要性を理解しながらも、予防中心の診療スタイルは経営面で苦労する印象が強く、安定を優先し敬遠される傾向があります。
貴院が予防型歯科医院として軌道に乗るまでのご苦労がございましたら教えていただけますか。またそれをどのように乗り越えられてきたのでしょうか。
人は「不快」を回避するために、問題を見つけだしては解決することで、不安を解消しようとします。言わば感情と行動が結びついた生き方をしているのです。そのため、「私が不安なのはこのせいだ(この問題があるからだ)」と、「原因探し」に明け暮れるのではないでしょうか。
「MTMをやらねば」という感情と、「思い切ってやってみてダメだったら怖いので、何かのせいにして行動をしない」という、アクセルとブレーキを同時に全力で踏んでいるような、エネルギーロスが非常に大きな状態です。
私も自分の不安を正当化してスタッフに押し付けてきた結果、スタッフ採用が伸びない時期がありました。不安な気持ちは押し殺す必要はないと思います。本心ではあきらめきれない願いを持っているから不安になるのです。
MTMはデータ集計から改善点を、院内でシェアできる点が非常に優れています。「サリバテスト実施率が低い」「初期治療中のPCRが改善しない」などが多く寄せられる質問ですが、ここにも歯科界の問題が表出していると思います。どうやったら問題を解決できるか(教えてほしい)、という考え方です。私は歯科医師も歯科衛生士も本来、自分で問題を解決する力を持っていることを多く経験してきました。つまり、MTM実践を通してKPIを見つけ、自ら解決することができる組織力の構築プロセスこそが、予防歯科の醍醐味であると思っています。
人や場所が違えば自ずと方法論は異なるはずです。都心と地方、大人数と少人数といった具合に、そこでの最適解を医院ごとに見いだす過程を、存分に味わっていただきたいと切に願っています。
不安は繋がりの喪失(患者やスタッフ、家族など)に対する恐れです。目をそらさずに、患者利益かつ医院力向上を達成することができる指標の抽出と改善を繰り返せば、そのまま揺るぎない組織力構築につながります。この先行き不安な時代に、経営的な波があまりなくなると思えば、リスクコントロールとして非常におすすめできますし、私たちも決して見放さず寄り添いたいと思っています。
「健康を増進する」、国と連携した取り組み
患者さんが予防歯科の重要性を理解し、継続的にメインテナンスに通っていただくために、現在どのような取り組みや工夫をされていますか。
人間が会話で受け取る情報は、非言語の部分が多くを占めており、これは脳科学的に常識とされています。予防歯科で最も重要なのは患者教育であり、エンパワーメントです。患者が我々のアドバイスに耳を傾け、実践しようと思うには、まず「自分を受け取ってもらえた」という安心感が必要です。当院ではNVC(非暴力コミュニケーション)を学んで実践しており、患者も歯科医療従事者も話を受け取れる心理的スペースがあれば、継続的なメインテナンスへの動機づけが行いやすいと実感しています。それに加えて、口腔衛生部、治療部、総務それぞれが常に新しい取り組みを続けていますので、SNSを活用して情報の共有をスピーディーに行うことも重要です。患者からの視点でも医院全体のまとまりを感じてもらうよう、バランスを意識しています。
昨今「人生100年時代」という言葉を日常でもよく耳にするようになりました。貴院は厚生労働省が行う「スマートライフプロジェクト」に参加されていますが、市民の健康寿命を伸ばすために行っている取り組み等がございましたら教えてください。
スマートライフプロジェクトはとても良い取り組みです。今まで国とつながる健康プロジェクトが少なかったように思います。診療所単位、地域歯科医師会単位、保健所単位、国単位、それぞれ単位が異なれば到達目標も定めやすくなります。
当院では来院ごとに、成人患者に血圧測定を行い、初診患者には簡易血糖測定も行っています。定期メインテナンスに訪れる歯科医院において、自分の健康度を可視化することで、さらなる健康増進へのモチベーションが高まっているように感じます。食生活や運動などの情報収集もリテラシーが高くなっています。
地域に根差して10年、見えてきたこと
貴院の所在地である福岡県田川市の患者傾向の特徴を教えてください。
また今年で開業(2012年)されて10年経ちましたが、現在の患者さんの口腔内状況や診療二―ズに変化はございましたか。
<所在地の特徴>
政令指定都市である福岡市や北九州市から、峠を超えた郊外に当院はあります。旧石炭産地ということもあり、約60年前~80年前の20年間だけ、人口流入が多い時期がありました。その後炭鉱の閉山が相次ぎ、現在では人口の出入りは非常に少ない地域です。
<来院者の傾向>
したがって、来院患者はほとんどが田川で生まれ育ち、患者同士も知り合いが非常に多いです。主だった産業が衰退した経緯から、福祉行政に依存する傾向が強く、自律的な健康維持のメリットを伝えていくのはとても苦労しました。しかし、スタッフも全員が地元出身者であったこと、粘り強いコミュニケーションを継続してくれたことで、開業後10年経った現在では、初診患者に占める既存患者からの紹介割合は60%を超えています。教育関係者や地元選出の議員、2次医療機関の職員なども多くメインテナンスに通っており、多方面から予防歯科への認知が進んで、市民への啓蒙へ協力体制が整いつつあるのを実感しています。
<患者の口腔状況>
来院者のう蝕発生数や抜歯本数なども継続してデータ集計しており、MTM開始以来の数値に関しては、順調に予防できていることを示しています。特に乳歯列期からメインテナンスに通っている小児患者は、永久歯でのう蝕発生はゼロを継続しています。
一方で、田川市郡の学校歯科医師会による検診データでは、全国平均に比べ、全ての学年でう蝕経験が上回っており、今後もここに注力する必要性を感じています。私は歯科医師会の理事も担当しており、ここから面でアプローチしたいと考えています。
いまはやしデンタルオフィスは、なぜ働きやすいのか?
貴院はワークライフバランスの取り組みを推進しており、働きやすい環境と評判です。スタッフに長期的に在籍してもらうための工夫や、採用・教育・マネジメント面で大切にしていることがございましたら、教えてください。
昨年からベビーブームです。(笑)本年も秋から3人育休に入る予定です。
<組織構造>
当院はティール組織のような自律分散型で、特定の人に依存しない組織構造を意図的にデザインしています。トップダウンによる管理ではなく、ノルマや業務を強制する雰囲気もありません。私も含めてほとんどのスタッフは子育て中ですので、お互いの状況にたいして共感的であり、自分たちで柔軟に業務を分担する文化が根付いています。同じ人の代わりはできませんが、複数でなら業務を分担しなおして、支障をきたすことなく運営することは可能です。雇用形態に複雑さはありませんが、スタッフ個々が自分に合わせた働き方を選択できる余裕を、組織として持ち続けることが大事です。それによって、スタッフの採用はほとんどが紹介で行えるようになってきました。
週休二日、診療時間は17時半まで、残業はほとんどなし。退職金制度の整備。有給休暇の取得は自由。最低限の保証はあります。しかしスペックだけで長期勤務が達成できるとは考えていません。
人生はライフステージによって、働き方が変わっていきます。若くて知識技術を伸ばしたいステージ、子育て中も繋がりを職場で感じたいステージ、子育てがひと段落してもう一度やりがいを感じながら働くステージなど、様々です。積極的な姿勢が前面に出る人もいれば、目立って見えない人もいます。他人からの評価よりも、まず自分自身を大事にしてもらうことを、繰り返し面談でお願いしています。自分の働き方は自分で選べる環境を整えるのが、経営者の仕事だと考え、日々実践しています。
クラウドサービスを利用して診療情報を患者さんと共有することについて、患者さんの反応、スタッフの労力、その効果などを教えてください。
自分の口腔内の状況を、能動的に知ることができるという意味で、クラウドサービスは大変有用なツールだと感じています。私の地域では「uber」や「suica」など主要なアプリが使えないことから、まだまだ携帯ツールを使いこなす状況にはなっていません。これから徐々に、一般のクラウドサービスの浸透度を見測りながら、進めていきたいと思っています。
今後の展望・展開
現在OPで取り組んでいる「医と産業の連携」において、今後の方向性・可能性について先生のお考えをお聞かせください。
企業の従業員向けメインテナンス実施に関しては、都心部を中心に、OP医院の受け皿つくりを継続していく必要があります。
産業界との連携という意味では、予防歯科医療というビジネスモデルの輸出により、マーケットを世界に広げていくことに大きな可能性を感じています。
さらに予防歯科を普及させるためには、どのような取り組みが必要になるか先生の考えやアドバイスがございましたら、教えていただけますでしょうか。
歯科診療所数は減少傾向にありますが、医療法人数は変わらず増えています。つまり、小規模な個人診療所は減り、大規模投資が可能な法人診療所が増えていくことが予想されます。経営自体はある程度パターン化しやすい形態をとりつつ、患者へオーダーメイドな医療を提供できる、包括的な組織構造のモデル医院を増やしていくことが、予防歯科普及には肝要です。人口が密集する都心部にパイを奪い合うような、資本主義型法人の増加スピードが加速しているいまこそ、OP医院がその先鞭をつけていくべきだと思います。
最後に貴院の今後の展望・展開について教えてください。
令和6年までに、医院を現在の3倍程度に移転拡張予定です。今後田川では、高齢歯科医師の廃業により、患者のメインテナンスを請け負うハードが圧倒的に不足します。現在当院では、小児から高齢者までカバーできるソフトは整備しましたが、3倍程度の拡張では住民をカバーできないため、同じ歯科医師会の会員診療所にも知識技術を共有していくことを計画中です。女性や若年者の雇用機会についても、歯科医師会をあげて協力体制を作っていきます。
若手歯科医師の採用も継続できており、当院で学んだ歯科医が活躍できるよう指導方針を順次アップデートしています。