
東京・丸の内で守り続ける
メディカルトリートメント
モデル(MTM)の現在地
新大手町ビル歯科医院:柿内裕明先生
日本の中心で「時間」に抗う歯科医師
千代田区大手町。
日本経済の中枢として再開発が進み、超高層ビルが立ち並ぶこの街において、「新大手町ビル」はやや異質な存在感を放っている。昭和の意匠を色濃く残すその建物の一角、約15坪・ユニット3台の診療空間に、予防歯科の文脈で語られるべき歯科医院がある。新大手町ビル歯科医院だ。
院長の柿内先生は、この地で20年以上にわたり、予防を軸とした歯科医療を一貫して実践してきた。規模は決して大きくない。しかし、患者の定着、診療の質、そして長期的な経営の安定という観点から見れば、都心部の大型医院と比較しても遜色のない水準を維持している。
今回、私は同時代を歯科業界で歩んできた立場として、柿内先生と約90分にわたる対話の時間を持った。テーマは経営論にとどまらない。
昭和の「むし歯多発時代」、平成の「予防歯科の制度化」、そして令和の「高齢社会と都市医療の再編」。それらを臨床の現場で経験してきた一人の歯科医師の軌跡を辿る時間でもあった。
鹿児島から東京へ──診療の軸を探す時代
柿内先生は鹿児島大学歯学部を卒業後、東京に進出した。地方に残る選択肢もあった中で、あえて都心を選んだ理由は明快だったという。
「学生の頃から、日本の中心で通用する医療をやりたいという思いがありました。ただ、最初に身を置いた現場はいわゆる“数を回す診療”でした。効率は良いけれど、自分が目指した医療とは違っていた」
大田区大森、赤坂溜池と拠点を移しながら、診療のあり方を模索する日々が続く。赤坂では7坪・ユニット2台、レントゲン設備もない環境からの再出発だった。
「この時期は、私生活の変化とも重なっていました。診療のやり方も、働き方も、一度立ち止まって考え直す必要があった」
赤坂溜池での診療を経て、診療室拡張を目的に丸の内へ。かつて大手町にあったJTB本社ビル1階に診療所を構えた時期が、現在の診療スタイルの基盤になっているという。
そしてその前後、柿内先生の歯科医師人生を大きく方向づける出会いがあった。
酒田・日吉歯科診療所の熊谷崇先生である。
リスクから考える診療への転換
1990年代後半、日本の歯科界に「原因除去」「リスク評価」という概念が徐々に広がり始めた時代だった。サリバテストは、厳密な診断ツールというよりも、患者自身が口腔内の状態やリスクを理解し、行動変容につなげるための説明・共有ツールとして活用されていた。
治療に入る前に、リスクを共有する。
原因に目を向ける。
その順序そのものが、当時としては新しかった。
「リスクを可視化し、原因を除去してから治療に入る。この順序が、私の診療を大きく変えました。大手町という場所で、私自身が患者に説明し、納得してもらう。その積み重ねが、今につながっています」
なぜ「初期治療」を歯科医師が手放してはいけないのか
本取材で、私が最も掘り下げたテーマがある。
初期治療を、誰が担うのか。
CG:
「近年、チーム医療を掲げながら、初期治療を早い段階で歯科衛生士に委ねるケースも少なくありません。一方で、熊谷先生が一貫して強調してきたのは、“初期治療を歯科医師自身が行う意味”です。この点を、どのようにお考えですか」
柿内先生:
「私も同じ考えです。自分でスケーリングを行うからこそ、再評価時の“感触”が分かる。初期治療の段階で、歯科医師がどれだけ真剣に向き合ったかは、患者に必ず伝わります」
さらに、こう続ける。
「初期治療は、経営的に言えば“患者理解と教育”のプロセスです。ここを他人任せにしてしまうと、安定した診療は成り立ちません。それ以上に、歯科医師自身が初期治療をできなければ、歯科衛生士の仕事を正しく評価することもできないと思います」
歯肉に触れることで見えてくるのは、プラークや炎症だけではない。
セルフケアの質、健康への関心、生活リズム、医療への向き合い方──。
初期治療は、数値や画像では把握しきれない情報を、身体感覚として得る行為でもある。
初期治療という「身体知」
かつて、日本にブローネマルク・システムを紹介したインプラント治療の先達が、こう語っていたという。
「CTやシミュレーションがどれほど進化しても、実際に歯肉を切開してみなければ、本当の骨の状態は分からない」
この言葉は、外科領域に限らず、予防歯科における初期治療にも通じる。
昭和期、診断機器が未発達だった時代、医師は問診・視診・触診を重ねながら診断を行っていた。熊谷先生が「初期治療は歯科医師自身が行うべきだ」と語った背景には、そうした臨床の実感がある。
技術が進歩した現在においても、初期治療の価値は失われていない。
それは単なる前処置ではなく、患者を理解するための臨床行為だからだ。

都心型MTMが成立する患者構造
新大手町ビル歯科医院では、保険診療と自費診療がおおよそ半々の売上構成となっている。稼働ユニットは3台にとどまるが、生産性は高い水準を維持している。
「当院では、メンテナンスにおいても自費を選択される方が少なくありません。保険の枠組みに依存するより、十分な時間を確保し、最新の知見やホワイトニングを含めた包括的なケアを提供しています」
大手町に勤務するミドル世代の患者層は、情報を自ら取捨選択する力を持つ。重要なのは価格差ではなく、「自分の口腔を誰に任せるか」という判断だ。
柿内先生は、新患数の最大化を目的としない。月に一定数の新患があれば、既存のメンテナンス患者との継続的な関係によって、診療は安定すると考えている。
これは、広告投下によって新患を回転させるモデルとは異なる、関係性を基盤とした診療設計である。

採用と育成──歯科衛生士を「条件」で選ばない
歯科衛生士の採用についても、柿内先生の姿勢は一貫している。
「報酬条件だけを前面に出す採用には違和感があります。本格的に予防歯科に取り組みたい、技術を磨きたいという動機を持つ人と、一緒に長く仕事がしたい」
当院では常勤雇用を基本とし、担当制で患者と長期的に向き合う体制を重視している。裁量はスタッフに委ね、過度な介入は行わない。
「それが結果的に、定着率を高める一番現実的な方法だと思っています」
初期治療から始まる、
持続可能な診療モデル
取材を通じて見えてきたのは、柿内先生の診療が「立地の良さ」に依存したモデルではないという事実だ。
そこには、歯科医師としての専門性と、経営者としての合理性が、無理なく統合された姿がある。
初期治療で患者を理解し、歯科衛生士が長期的に寄り添う。
この考え方は、熊谷崇先生から受け継がれ、柿内先生が丸の内という環境の中で磨き続けてきたものだ。
デジタル化やAIが進展する時代にあっても、人が人を診るという医療の本質は変わらない。
本稿が、その再確認の一助となれば幸いである。
取材・文 : コミュニケーション・ギア編集人 伊藤




