親知らずと上手につきあうために
以前 、「症状のない親知らずは、無理に抜かずに経過観察でよい」という世界各国のガイドラインの考え方をご紹介しました。では、経過観察中に、ホームケアでは実際何をしたら症状が出ることを予防できるでしょうか? 実は、かなりの部分は予防が可能です。
親知らずのまわりの歯ぐきに炎症が起こる代表的なトラブルを、専門的に「智歯周囲炎(ちししゅういえん)」といいます。親知らずが生えかけの状態、あるいは一部だけ歯ぐきから顔を出している状態でよく起こります。歯ぐきが腫れて赤くなり、押すと痛む、口を開けにくい、食べ物を飲み込むときに痛む、場合によっては発熱やリンパ節の腫れを伴うこともあります。
智歯周囲炎の直接の原因は細菌感染です。歯周病やむし歯と同じく、バイオフィルム(プラーク、歯垢)がなければ起こりません。ほんの1mgの中に1億匹もの細菌が存在する白いネバネバしたバイオフィルム。ブラッシングですっかりきれいにしたつもりでも、増殖して24時間後には元の数に戻ってしまうという本当にしつこい「敵」です。
親知らずが斜めに生えていたり、一部だけ歯ぐきから出ていたりすると、特にバイオフィルムや食べ物の残りがたまりやすくなります。しかも親知らずは歯列の一番奥にあり、口を大きく開けても見えにくいですし、歯ブラシを入れるスペースも限られているため、他の歯に比べてどうしても磨き残しが多くなりがちです。唾液によって洗い流されることもままならず、舌の動きも届かず、細菌にとって安住の地です。
智歯周囲炎の予防のためには、こういった敵、バイオフィルムの性質をよく知り、1日1回は必ず、親知らずの周りを意識してブラッシングしましょう。歯ブラシを口の奥まで斜めに入れ、毛先を小刻みに振動させて、バイオフィルムを破壊します。ヘッドの小さい歯ブラシや、ワンタフトブラシ(毛束がひとつだけの小さなブラシ)を使うと、奥まで届きやすくなります。歯間ブラシやフロスも、届く範囲であれば併用してください。私が特にお勧めしたいのは電動歯ブラシです。とはいえ、人それぞれに親知らずの生え方も違うので、かかりつけの歯科医院や歯科衛生士に、自分に合わせた磨き方を一度教えてもらうのが近道です。
そして、智歯周囲炎の予備軍を抱えているということで、定期的に歯科医院でチェックをしてもらうことが重要です。ホームケアだけでは完全に取りきれないところを専門家によるクリーニングでより清潔な状態に保つことで、炎症が起こりにくくなります。
免疫力の低下が引き金になることが多いため、十分な睡眠、バランスのよい食事、ストレスをためすぎない生活も、実は立派な予防策です。「大事な予定の前に限って親知らずが腫れる」なんてことにならないよう、無理をしすぎない生活を。
智歯周囲炎の原因を知り、予防方法を実践することでうまく管理できれば、親知らずだけでなく、お口全体の健康、また、全身の健康にも恩恵をもたらすでしょう。それでも症状が出てしまったときは、いよいよ「経過観察をやめて抜くべきサイン」かもしれません。年齢を重ねるほど抜歯の難易度や合併症のリスクも高くなるため、繰り返す前に歯科医院で相談してみてください。
画像説明
親知らずの周りをいつもきれいに。
Illustration by ChatGPT
筆者プロフィール
Makiko NISHI
西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
| 1996年 | 大阪大学歯学部卒業 |
| 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局 | |
| 2000年 | スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員 |
| 2001年 | 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務 |
| 2007年 | アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了 |
| Master of Dental Public Health (MDPH)取得 | |
| 2010年 | NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長 |
| (旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」) | |
| 2018年 | 同大学院博士課程修了 |
| Doctor of Philosophy(PhD)取得 |
