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みやぎ歯科室:宮城和彦先生

患者さんと丁寧に向き合い、確かな歯科医療を提供していく

恩師と出会い、予防歯科の道へ

歯科医師を志した理由について、教えていただけますか。

 小さい頃から絵を描いたり物を作ったりするのが好きでした。美術やデザイン系の道に進もうと思っていましたが、高校生で進路を決めるにあたり、その道で生活していくことは相当難しいということも知りました。安定した資格を持ちつつ、自分の手先の器用さを活かした仕事をしたいと思い、歯科医師の道を進むことに決めました。

従来の「症状があるところを治療する歯科医療」から「予防歯科」に力を入れようと思われた転機について、教えていただけますでしょうか。

 歯科医師として6年目の時に勤務をした、わくだ歯科の和久田一成先生の影響が大きいです。それまでは「予防歯科」というものを歯科の一分野ぐらいにしか思っていなかったのですが、OP診療所では全ての診療の根幹をなす存在として予防があり、歯科医療が予防的アプローチの上に成り立っていることに衝撃を受けました。そしてその良好な結果も目の当たりにし、自分がこれから生涯行う歯科医療はこれ以外に考えられないと感じました。

オーラルフィジシャン育成セミナー(2019年63期)の受講理由、またそこでの気づき、学びについて教えていただけますでしょうか。(2023年7月現在 74期)

 当院は2017年に開業しました。前勤務先で若手歯科医師のためのOPセミナーやOPチームミーティングに参加させていただき、MTMをベースとした臨床を実践しているつもりでしたが、正しくできているか不安であったので、頼れる歯科衛生士を雇用できたタイミングでOP育成セミナーを受講しました。受講して得られたのは、単なる診療システムではなくその診療哲学まで含めたものがオーラルフィジシャンなのではないかという気づきでした。なぜこの歯科医療を行うのかということについて、スタッフと共有できたことが有意義であったと思います。

同じ苦労をするのであれば、好きなこと、正しいと思うことを行いたい

情熱と誠実さを持って、真正面から取り組む

開業を控える歯科医師は、予防歯科の重要性を理解しながらも、予防中心の診療スタイルは歯科衛生士の確保、経営面で苦労する印象からか、従来の修復中心の診療を打ち出す傾向があります。 貴院が予防型歯科医院として軌道に乗るまでのご苦労がございましたら教えていただけますか。またそれをどのように乗り越えられてきたのでしょうか。

 講師としてお話をさせていただく機会をいただきましたが、私は決して自分の医院が軌道に乗っているとか、予防歯科臨床が上手くいっているとは思っていません。常に経営、スタッフ、教育、診療システム等で頭を悩ませています。ただ思うのは、自分で医院を開業するのであれば、どのような道を歩んでも苦労はあるということです。同じ苦労をするのであれば、好きなこと、正しいと思うことを行なっていたいと思うのではないでしょうか。私は予防歯科臨床を行うことについては打算的な考えはなく情熱を持って取り組んでいるつもりです。その上で発生する課題については、なんとか知恵を絞り、スタッフと協力し、創意工夫しながら解決するよう心がけています。予防という大きな軸が医院にあることで皆が進むべき方向を理解し、困難に対して協力できるようになるのではないでしょうか。

予防歯科には患者さんご自身の参加が欠かせません。
貴院の予防メインテナンスは自由診療ですが、患者さんが予防歯科の重要性を理解し継続的に通院していただくための取り組みや、工夫をされている点がございましたら教えていただけますでしょうか。
また、患者さんの行動変容について、印象的なエピソードがございましたら教えていただけますでしょうか。

 当院では成人の予防メインテナンスは開業当初より自由診療としておりましたが、来年4月より小児についても自由診療に移行の予定としております。お子さんが多い環境ですので、果たしてどれだけの方が継続して来院していただけるか、正直不安なところもあります。少なくとも不義理があってはいけないと思っていますので、2年半前から告知を行い、全ての小児患者さんの保護者の方に時間を取って個別に説明を行いました。特別なテクニックなどがあれば良いのですが、一人一人の患者さんに対して誠実であることが結局一番大切なのではないかと思っています。
 行動変容という観点で言うと、患者さんは変わらない人もいます。しかし、この人は変わらなそうだな、と思った人がびっくりするほど変わることもあります。診療終了まで3年以上、しかもその多くを歯科衛生士による指導にあてた患者さんがおり、指導したことが全く改善されていないことに何度も絶望したものですが、今では健康維持のために必要な習慣が身につきメインテナンスに通われています。こちらから決めつけてはいけないということを学びました。

予防に対するインセンティブが適切に得られるような社会構造の変化が望まれる

訪問の現場を通して見えてきたこと

宮城先生は訪問診療をされていますが、訪問診療の現場から見える高齢者の口腔状況と日本の歯科医療の問題点を挙げてください。

 訪問の現場で目にする口腔内の環境は残念ながら目を覆うものばかりです。プラークコントロールは行われず、残根が多数放置され、残された歯で器用に咀嚼しているという方を数多く目にします。これは訪問の現場に行く前の段階における歯科医療に問題があるということであり、セルフケア指導の不足と予後不良歯の安易な保存が原因として考えられます。現在の保険制度は患者側のコストが低く、悪くなったら歯医者に行けばいいということで予防のためにセルフケアをしようという意識が働きづらい環境にあります。医院側も診療行為数が増加するほど収入が増えるので、収入に直結しないセルフケア指導には時間を割かず安易な治療を行う傾向にあり、また患者数を増やすことも増収につながるため、患者の希望により治療方針を決定する傾向もあります。歯科医師個人の倫理観に頼ることには限界があり、予防的アプローチに対するインセンティブが適切に得られるような社会構造の変化が望まれます。

一つ一つの診療を丁寧に行うことにこそ本当の価値がある

質の高い歯科医療を提供するために

貴院はSlow Dentistryという世界的な歯科のグループに参加されています。
現在、日本での参加は5医院ですので、全国的にみても希少な存在であることがわかります。(2023年5月現在)。 宮城先生がいち早くSlow Dentistryに着目し、参加された理由について教えていただけますでしょうか。

 2020年にポルトガルのリスボンで開業されているMiguel Stanley先生の講演を拝聴しました。Slow Dentistryが掲げる、歯科医療は時間をかけて行うべきというコンセプトは、私が常々思っていた「一つ一つの診療を丁寧に行うことにこそ本当の価値がある」という考えと合致するものでした。Slow Dentistryは当院のコンセプトをより明確化し、行動指針を示す上で非常に有用であると考え、Slow Dentistry Global Networkに参加しました。
 日本では低い診療単価により、短時間で多くの患者さんを診ることが常態化しています。しかしそれで質の高い歯科医療を提供できるはずがなく、どこかで歯科医療の質への転換を行う必要があるのではないでしょうか。

最も重要視していることは担当患者に対する誠実さである

スタッフを活かし、地域に貢献する

貴院の所在地である静岡県浜松市の患者傾向の特徴を教えてください。
また開業(2017年)されてから今年(2023年)で7年目となりますが、現在の患者さんの口腔内状況や診療ニーズに変化はありましたか。

 浜松市は人口80万人ほどの地方の中都市です。工業が盛んで活気があり、また人が優しいと私は思っています。開業地は中心部から北へ10kmほど離れた土地で新興住宅地です。近くにある小学校は日本で10指に入るほど児童数が多く、子どもとその親世代の受診が多いのが特徴です。
 もともと静岡県は小児のう蝕歯数が少ない県であり、開業当初より子どものう蝕は平均的にはそれほど多くないなという印象でした。それは今でも変わっておらず、カリエスフリーで成人を迎える子ども達をたくさん生み出すという目標は十分実現可能であると考えています。当初は当院の掲げる予防歯科や診療システムについて説明をすることが多かったですが、最近では患者さんの紹介で、予防歯科をやりたいと言って来られる方が多くなっています。

 予防歯科において歯科衛生士の役割は非常に大きいですが、採用雇用・教育・マネジメント面で大切にされていることがございましたら、教えていただけますでしょうか。

 ありがたいことに、当院では特別な採用活動を行うことなく歯科衛生士の雇用ができております。なぜ当院を選んだのか、という問いには「近いから」という答えが返ってきたりしますので、たまたま運が良かっただけなのかもしれません(笑)。ただ、予防歯科という歯科衛生士が最も活躍できる場を備えているということも雇用の安定につながっているのではないかと考えています。
 教育、マネジメントは常に課題がありますが、最も重要視していることは担当している患者さんのために自分の知識や技術を最大限使って誠実に対応してもらうということです。知識や技術が未熟であっても、患者さんを大切に思う気持ちがあれば成長できます。自分のために日々成長する衛生士に担当してもらえるのは患者さんにとっても嬉しいはずです。知識や技術習得のための環境を用意することも大事ですが、それよりももっと大切なことについて、繰り返し伝えているつもりです。

私たちOPはMTMベースの歯科臨床という、質を担保できる武器をすでに持っている

偽りのない価値を提供する

富士通予防歯科クラウドサービスを運用されていますが、患者さんと口腔内の情報を共有することについて、患者さんの反応、運用における労力、その効果などがございましたら教えていただけますでしょうか。

 私は患者さんと医療情報を共有し、情報格差をなくすことこそ医療が前に進む鍵だと思っています。それは患者さんが自分の情報を知りモチベートされるというだけに留まらず、それを提供する医院側が行った医療の質が露わになることに由来します。旧来医療とは父権的で情報は閉鎖的であり、医療者は常に守られる立場にありましたが、情報共有が一般化すれば状況は一変するでしょう。医療の質が見られる時代になった際に自信を持って情報公開ができるよう、日々質の向上に努めることができるというのが、クラウドサービスを導入した最大のメリットではないでしょうか。運用においてはスタッフが手分けをして資料の作成をしておりますが、それで残業になるようなことはありません。これからさらにデータ作成の簡便化やUIの改善がなされることを期待しています。

今後の展望・展開

 貴院は市民に対して「口腔の健康を守るため」の啓蒙活動を行われておりますが、その活動背景や反響について教えていただけますでしょうか。

 当院ではそれほど数は多くありませんが、地域の集会場や小学校での授業等での啓蒙活動を行なっています。背景には、予防の本質は生活習慣のコントロールであり、歯科医院に受診しなくても状態を改善できる人はいるという考えにあります。一般に予防歯科医院に通う方は、健康への関心が高く口腔の健康状態が良好な方が多いです。一方、健康状態が悪く、本当に医療な必要な人ほど受診をしない傾向にあります。予防歯科として医院を運営しながら健康格差の改善に寄与できていないという矛盾を感じるわけです。しかし、例えば小学校での啓蒙活動は、参加するすべての児童にアプローチできます。その後いただいた感想文を読むと、子ども達も彼らなりに考え、これから歯みがきはこうしよう、という意思を感じることができました。たった一つ、フッ化物の有効な使い方を教えられるだけでその後の口腔の健康にインパクトを与えられるわけです。多くの人に予防医療の恩恵を得てもらうためには、医院だけでなく、外に出て活動をすることも大切だと感じています。

 現在JOFで取り組んでいる「医と産業の連携」について、今後の可能性や期待することがございましたらお聞かせください。

 医療を取り巻く社会構造について、国の制度を改革するのは非常に困難な道です。もちろんそういったアプローチも必要ですが、産業との連携によりロールモデルを作成することの方が、より取り組みやすくかつ説得力のあるデータを得ることができるという意味で近道なのではないかと考えています。私たちはMTMベースの歯科臨床という、質を担保できる歯科医療という武器をすでに持っていますので、それをいかに活かしていくか。歯科医療という狭い業界に捉われず、広くさまざまな知見を集め、社会問題を解決するイノベーションを起こしてほしいと期待しています。

最後に貴院の今後の展望・展開について教えていただけますでしょうか。

 たくさんの人との出会いがあり、多くを学ばせていただきました。しかし、学びの中から得られた知見は、実際に行動に移せなければ意味がないと思っています。医院として、一人一人の患者さんに丁寧に向き合い、環境や制度に捉われない確かな歯科医療を続けていきたいと思います。その取り組みが、さらに日本の将来の歯科医療に貢献できることがあるのであれば、これに勝ることはありません。

先生による自己評価(5点満点)