Skip to main content

歯を守る技術「PMTC」の話

 歯科医院で受ける専門家による機械的な歯のクリーニング「PMTC(Professional Mechanical Tooth Cleaning)」。耳慣れない方も多いかもしれませんが、実は、予防歯科の根幹を支える重要な方法です。このPMTCという概念を確立したのが、スウェーデンの歯科医師ペール・アクセルソン(Per Axelsson)先生です。アクセルソン先生は、清潔な歯にむし歯や歯周病はできないというコンセプトに基づいて、歯科医院で歯を削ったり詰めたりすることが中心の時代に口腔衛生を改善することに力を注がれ、「予防歯科の父」と呼ばれています。

 アクセルソン先生らが示した、実に30年間にも及ぶフォローアップ研究は、日常のセルフケアとPMTCを組み合わせることで、むし歯や歯周病の発症を長期的に抑えられることを科学的に裏付けました。この論文を日本のある医学部教授(世界保健機関の関係者でもある)に見せると「もう勝負は決まっているのでは?(歯科界で行うことはこれで決まりだ)」と言われるほどのインパクトを持った研究です。

 この研究では、1971–72年に成人550名以上を募集し、そのうち375名を「徹底した予防プログラム」に組み入れました。この予防プログラムには、

  • 詳細なセルフケア指導
  • プラーク染色
  • PMTC
  • 必要に応じた歯周治療
  • 個々のリスクに応じた来院間隔(3・6・12か月)

が含まれていました。

 30年間の継続の結果は驚くべきものでした。

  • 歯の喪失:平均0.4〜1.8本
  • 新たなむし歯:平均1.2〜2.1面のみ
  • 歯周病の進行:ほぼ停止、部位によっては改善

 研究史上でも稀に見る良好な結果で、まさに「予防に勝る治療なし」を体現しています。

 ただし、この研究は高く評価されつつも批判を受けてきました。最大の指摘は、参加者がアクセルソン先生の 私立歯科医院の患者であったことです。つまり、そもそも歯科への関心が高く、ホームケアのための指導をよく守り、通院もしっかり続けるという「コンプライアンスの高い人々だったから成功したのではないか、という点です。こうした偏りは「選択バイアス」と呼ばれます。

 その疑念は、たしかに一理あるように見えます。しかし、ここで考えたいのは別の視点です。仮に高いコンプライアンスがあったとして、科学に基づかない指導を信じて行っていたら、ここまで歯を守られたでしょうか? 熱心に通院していたとしても、個々のリスクに基づかない予防指導であれば、「通っているのにむし歯や歯周病が増える」ということは珍しくありません。

 一方、アクセルソン先生らの研究ではコンプライアンスが高い人では、確実に歯が守られていたのだという見方ができます。すなわち、「正しい指導 × 定期的なPMTC × 適切な通院」を続ければ、多くの人に再現可能である、ということです。

 アクセルソン先生らが築いた予防歯科の礎は、「歯は守ることができる」という事実を科学的に示しました。次に求められるのは、その方法をもっと楽に・もっと続けやすくし、コンプライアンスの高くない人にも行動変容を促す工夫でしょう。そのような未来においても、PMTC は歯を守るための必須技術であり続けると考えられます。


写真説明

アクセルソン先生らの予防歯科プログラムの効果を示す30年追跡研究が行われた私立歯科医院


参考文献


  • Axelsson P, Nyström B, Lindhe J. The long-term effect of a plaque control program on tooth mortality, caries and periodontal disease in adults. Results after 30 years of maintenance. J Clin Periodontol. 2004;31(9):749-57.

  • ペール・アクセルソン(著), 西 真紀子(訳).「本当のPMTC その意味と価値」(株式会社オーラルケア 2009年)



筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得

X Instagram