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「過去のむし歯経験」の真相

 その人の将来のむし歯のなりやすさ(リスク)を予測する時に、「過去のむし歯経験」という指標がとても有益な場合があります。むし歯が原因で失った歯は何本あるか? むし歯になって治療した歯は何本あるか? またはむし歯になったまま治療されていない歯は何本あるか? 「何本」を「何面」に置き換えてより細かく見る方法もあります。また、永久歯の場合と乳歯の場合を分けて数えますので、ここでは永久歯の場合をお話しましょう。

 「過去のむし歯経験」では、原則として、健康な状態に戻すことができる初期むし歯は入れません。ですから、この数が1つ増えるとそれは生涯残ります。決して減ることがなく蓄積していく指標なので、効果的な予防をしない限り、年齢が上の方が本(面)数が多くなるのが普通です。よって、永久歯28本が生え揃う12歳で「過去のむし歯経験」1本(面)であることと、80歳で1本(面)であることの意味は大きく違います。

 そこで、この「過去のむし歯経験」は、同じ世代の人の平均値と比較して考慮する必要があります。その平均値は、日本では厚生労働省が5(または6)年に1度調査している歯科疾患実態調査を使うことが多いです。さて、皆さんは「過去のむし歯経験」が何本あり、それはご自分の年齢(または年齢グループ)の平均値より多いでしょうか、少ないでしょうか?


 1人平均「過去のむし歯経験」(2022年歯科疾患実態調査より)

年齢 1人平均「過去のむし歯経験」(本)
5
6
7 0.2
8
9 0.1
10 0.4
11 1.0
12 0.3
13 0.7
14 0.8
年齢 1人平均「過去のむし歯経験」(本)
15〜24 2.5
25〜34 6.6
35〜44 9.7
45〜54 13.4
55〜64 15.8
65〜74 18.4
75〜 22.1

 もし、「過去のむし歯経験」が同世代より少ない場合、ひとまずリラックスできますが、これはあくまで「過去」の話。未来は変わる可能性があります。むし歯のリスクは2年間で半分の子どもが変わっていたというスウェーデンの調査結果もあります。約2年毎にご自分のリスク評価を受けて、リスク像を把握しておきましょう。

 もし、「過去のむし歯経験」が同世代より多い場合、要注意だなと思ってください。むし歯のリスクは低いとは言い難いです。しかし、これもあくまで「過去」の話。未来は変えられますよ! それにはご自分の弱点は何かを知る必要があります。なぜ人よりむし歯になりやすかったのでしょうか。安易に歯みがきの仕方が悪かったなどと結論付けないでくださいね。もっと詳しく調べてもらいましょう。食習慣が悪かったのか? フッ化物を上手に利用していなかったのか? むし歯菌をたくさん持ってしまっているのか? 唾液の量が少ないのか? それとも生まれつきのものなのか? 

 弱点が何か分からないうちに、闇雲な予防方法をしてもリスクを低く抑えることはできないかもしれません。是非、歯科医院やその他の場所で、リスク評価を受けて、ご自分のリスクに合わせて的を射た予防方法を処方してもらってください。意外な結果が出るかもしれませんよ!

 日本人の場合は、「過去のむし歯経験」のうち、むし歯になったまま治療されていない歯はほとんどありません。なぜなら、歯科医院へのアクセスがよく、むし歯は即刻詰めるという習慣が定着しているからです。この現象を利用して、むし歯になったまま治療されていない歯は、新しくむし歯になった歯であると解釈して、「現在のむし歯状況」と考えることもできます。この本(面)数が多い人は、現在進行中でむし歯のリスクが高いとして、早急に対処しましょう。

 「過去のむし歯経験」と「現在のむし歯状況」を分けるという考え方は、スウェーデンのDowen Birkhed名誉教授と監修させてもらった新しい患者教育ツール、「むし歯のなりやすさチェック(通称:『デカゴンC』)」(富士通Japan株式会社)に活かされています。


写真説明

「過去のむし歯経験」は、お口の中の検査で確認します
(イラスト提供:富士通Japan株式会社 Fujitsu予防歯科クラウドサービス「デカゴンC」資料)


参考文献


  1. 厚生労働省. 令和4年歯科疾患実態調査結果の概要.
    https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001112405.pdf

  2. Petersson GH, Isberg PE, Twetman S. Caries risk profiles in schoolchildren over 2 years assessed by Cariogram. Int J Paediatr Dent. 2010 Sep 1;20(5):341-6.

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得