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歯と歯ぐきの間にあるポケットの深さ

 歯科検診で歯と歯ぐきの間の溝の深さを測ってもらったことがあるでしょう。歯と歯ぐきの間は、この2つの組織が繋がっていない空間があり、服に付いているポケットのような上が開いていて下が閉じている袋状になっています。正常な場合は、「ポケット」はだいたい1〜3mmの深さで存在しています。その下では弱い結合のしくみで歯と歯ぐきが繋がっています。考えてもみてください。歯という硬い組織と歯ぐきという軟らかい粘膜との境界です。体の中を守る最前線としてはとても弱い防護壁で、ちょっとした力でも破壊されてしまいます。そこを「ポケット底」といいます。

 歯ぐきの「ポケット」の中には普段から何億というバイ菌がいて、集団でバイオフィルム を作っています。ぬくぬくとした温度、たっぷりとした水分と養分、歯ブラシで徹底的に棲家を壊される恐れも小さく、バイオフィルムはどんどん成熟していきます。このような素晴らしい「ポケット」の環境ですが、欠点が一つあります。狭い限られた空間にバイ菌たちが倍々ゲームで増えていくわけですから、その人口密度たるや凄まじいもの。押し合いへし合いで、空気が不足していきます。

 すると空気が好きなバイ菌はいなくなり、空気が嫌いなバイ菌たちにとっては、もう、この上ない環境になります。そのようないくつかの歯周病菌は「ポケット底」を破って侵入しようと、武器である毒素を出します。しかし、私たちの体の免疫機構が黙って見ているわけではありません。その最前線では日夜激しい戦いが繰り広げられています。歯ぐきは炎症を起こし、最前線に血液をたくさん送り込んでいきますので、赤く腫れ上がります。これが諸刃の刃。歯ぐきが腫れるとその分、ポケットが大きくなるために、空気が嫌いなバイ菌たちにとって最適な「土地」が増えてよりバイオフィルムが成長します。

 しかも、血液を養分として食べる歯周病菌もいまして、赤く腫れ上がった歯ぐきから、ちょっとした刺激で漏れ出す血液は最高のご馳走です。このままだと歯周病菌の思うツボ。最前線が後退し、溝がさらに深くなります。深さが4mmを超えると大ピンチ。それまでバイオフィルムをちょこちょこ壊してくれていた歯ブラシや歯間ブラシやフロスが届かない位置で骨を含めた組織が壊れていき、ディフェンス側は、全身を守るために「とかげの尻尾切り」作戦に打って出ます。つまり、前線の骨は犠牲になってもらってそれらを自ら壊し、これ以上バイ菌が体内に入らないように試みます。そしてさらに「ポケット」は深くなり、悪循環は続きます。

 できればこんなことを起こしたくないですよね。その現状を正確に把握したいところですが、なにせ「ポケット」の中は目で見えない小さな袋。そこで歯科医院ではポケットの深さを測るために、先が小さなボールのような形をした「プローブ」と呼ばれる金属(またはプラスチック)の細い棒を使います。先が小さなボールになっているのは、この弱い「ポケット底」を突き抜けないためです。「プローブ」を歯と歯ぐきの間に滑り込ませて、20g重という決められた力で抵抗があるところまで差し込みます。

 この20g重、専門家は訓練を受けて感覚を掴みますが、0.5mm程度の誤差はつきものです。弱すぎると「ポケット底」まで「プローブ」が届かないので、4mmの「ポケット」も3mmと測定され、歯周病の存在を見逃されるかもしれませんし、強すぎると「ポケット底」を突き破って3mmの「ポケット」も4mmと測定され、病気でもないのに「歯周病」の判定が下るかもしれません。一度の歯科検診で「ポケット」の深さが4mmと言われても、誤差を加味してリラックスして長い目で見てみてください。海外では5mm未満は大丈夫だとみなしているところもあります。


写真説明

参考文献の「トータルペリオドントロジー」の表紙。
歯と歯ぐきの間にバイオフィルムが溜まり、歯ぐきに炎症が起こって腫れている。


参考文献


  1. Kingman, A., Löe, H., Ånerud, Å. and Boysen, H., 1991. Errors in measuring parameters associated with periodontal health and disease. Journal of periodontology, 62(8), pp.477-486.

  2. Klinge B, Gustafsson A, (翻訳)西真紀子. トータルペリオドントロジー スウェーデンのすべての歯科医師・歯科衛生士が学ぶ. 東京: オーラルケア; 2017.

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得