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長く磨けばいいってもんじゃないみたい

 最近出版されたドイツの研究で、大学生111人を無作為に2つのグループに分け、それぞれが「通常通りに歯を磨いてください」という指示(AUグループ)、「自分の能力の限りベストな歯磨きをしてください」という指示(BPグループ)を受けました。その結果、AUグループよりBPグループの方が、歯をより長く磨いていましたし、フロスや歯間ブラシの使用頻度も高かったのですが、一番大切な歯ぐきの縁のほとんどの部分にバイオフィルム(プラーク)が残存し、両グループ間で差はありませんでした。歯と歯の間をきちんと磨けている人は各グループ4人ずつでした。つまり、いくら「最善の方法」だとしてより長い時間、より多くの道具を使っても、歯と歯ぐきの間や歯と歯の間という大切なところは磨けていなかったのです。

 歯磨きの意義はこのシリーズの「どうして歯磨きするの?(1) ―むし歯編 」「どうして歯磨きするの?(2) ―歯周病編 」で説明しましたが、特に歯周病予防のためにはバイオフィルムの破壊が必要でしたね。毎日歯磨きしていてもそれがきちんとできていない可能性もあるために、歯周病がこんなにも多くの人に罹っているのではないかと、この研究者らは言っています。日本と同じくドイツでも50%以上の成人が歯周病とのことです。たかが歯磨き、されど歯磨き、病気を予防するための勘所を押さえる必要がありますね。

 また磨き過ぎの弊害についても注意が必要です。四半世紀前にそれに対して警鐘を鳴らしている新聞記事がありましたのでご紹介しましょう。


 熊谷
「磨きすぎは、歯を減らしたり歯ぐきをやせさせたりします。一度磨きすぎる快感を覚えると、例えばおふろに入って体をタワシでこする感覚を覚えてしまうと、普通のタオルでは洗った気がしないというような状況もあって(笑)、本当に直らない。」

朝日新聞1997年4月28日


 予防歯科が日本人の生活の中に根付いて、お口の中を清潔にすることに気持ち良いと思う人が増えてきた今、このことに改めて意識を向けてほしいと思います。なぜなら、磨き過ぎで歯がすり減ったり、歯ぐきが退縮すると、そうやって失った組織は自然には元に戻らないからです。酷い場合には、むし歯菌や歯周病菌によるよりもっと多くの歯や歯ぐきの組織を失うことになるかもしれません。歯は右利きの人の場合は左上の小臼歯の根っこの当たりからすり減る傾向があります。歯ぐきは上あごの犬歯を支える歯ぐきのラインが上がり、ドラキュラのようになりがちです。「ゴシゴシ磨く」や「しっかりと歯ブラシの毛先で歯垢を擦り取る」という意識は捨ててください。

 一般的に磨く時間は1回につき2分間、1日につき2回、優しい力で磨くというのが多くの国の歯科医師会で勧められています。しかし、個人の状態はまちまちですので、歯科衛生士に個別指導してもらうのが一番良いでしょう。ただ、「1回につき5分間以上磨きなさい」と教えられた場合は「ちょっと待って!」です。何かの誤解がありそうですから、その時は私の方にご連絡ください(psap@psap.tokyo)。


写真説明

アイルランド・コーク大学の事務局に至る階段。約180年間、全学生がこの階段を通ったおかげで固い石も擦り減っています。歯ブラシで歯もこうなります。


参考サイト


参考文献


  1. Weik, U., Shankar-Subramanian, S., Sämann, T., Wöstmann, B., Margraf-Stiksrud, J. and Deinzer, R., 2023. “You should brush your teeth better”: a randomized controlled trial comparing best-possible versus as-usual toothbrushing. BMC Oral Health, 23(1), pp.1-12.

  2. ダグラス・ブラッタール,熊谷 崇,枡元ますみ,上野千鶴,大熊由紀子.平成患者学 いのち長き時代に虫歯は治療から予防へ 口の中の危険度知ろう.朝日新聞.1997 年4月28日.

  3. Atieh, M.A. and Leichter, J., 2016. The Octagon Model: a clinical tool for assessing marginal tissue recession. Int J Esthet Dent, 11(1), pp.98-109.

  4. Litonjua, L.A., Andreana, S., Bush, P.J. and Cohen, R.E., 2003. Toothbrushing and gingival recession. International dental journal, 53(2), pp.67-72.

  5. Asadoorian J. Tooth brushing. Canadian Journal of Dental Hygiene (CJDH). 2006;40(5):232-48.

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得