スイーツよ、さようなら
むし歯のことを英語で「デンタル・カリエス」とか「カリエス」と呼びます。そして、むし歯を総合的に研究する学問を「カリオロジー」と言い、その研究者らを「カリオロジスト」と呼んでいます。カリオロジストたちは昼夜むし歯の研究をしていますので、自分たちの口の中でもむし歯を予防する方法をよく知っています。例えば、甘い物をいくら食べても、その食べ方によって大丈夫だったり、フッ素を上手に使えばどの程度甘い物を楽しんでもむし歯はできないということだったり。たとえこれらの見積もりが甘くてむし歯らしきものができても、それを元の健康な状態に戻す方法も知っていますので、ちょっとくらい羽目を外しても平気なわけです。
よって、カリオロジストたちが集まるテーブルには、いつもお菓子が山のように置いてあって、「私たちは甘い物を食べても大丈夫。だって、どうやって予防するか知っているから」と談笑したものでした。
ところが、潮目が変わったのは2015年のことです。WHO(世界保健機関)が、「糖類摂取ガイドライン」[1]を発表したことによります。その時までに欧米では肥満が大きな社会問題になっていて、それに関連する疾患(糖尿病、心血管疾患、高血圧症、高脂血症など)に糖類の過剰摂取が影響を及ぼしていると警鐘が鳴らされていたものの[2]、WHOではなかなか糖類摂取量の数値目標が定められませんでした。脂質やタンパク質など他の栄養成分については数値目標を設定しているのに! それは砂糖業界のロビー活動が非常に強かったからだそうです。
そのガイドラインが出たことで、全身の健康に歯科が独立していてはいけないと、一部のカリオロジストたちは態度を変えました。むし歯予防のことだけ考えていればいい時代は終わりです。今、人類が直面している糖類の過剰摂取への対策に、歯科も同調すべきなのです。医療従事者として当然の使命でしょう。
しかし、患者さんにWHOの糖類摂取ガイドラインの数値目標を守れというだけでは全く説得力がありません。実は、この数値目標、かなりキツイのです(フリーシュガーの摂取量を総エネルギー摂取5%未満に減らすことを推奨:総エネルギーが2,000カロリーなら、1日あたり25g未満(大さじ3杯弱)。フリーシュガーには砂糖、蜂蜜、シロップ、果汁、濃縮果汁中に天然に存在しているものなどを含む)。「隗より始めよ」、何事もコレですね、ということで、今、意識の高いカリオロジストたちは、自ら驚くほど甘い物を食べなくなっています。
街でフリーシュガーの塊である「スイーツ」への甘い誘いを見たり聞いたりする度に、尊敬するカリオロジストたちはこういう広告を全く意に介さないのだろうなあと、彼らの態度が頭に浮かびます。そして、私もカリオロジストの端くれとして「スイーツよ、さようなら」という心境に至ります。皆さんにも、この気持ちが伝わり、甘い物への発想の大転換が起きますように。
写真説明
小さなお饅頭も、1日に2個食べるとアウト。
References
- World Health Organisation. Guideline: sugars intake for adults and children. Available
from: http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/149782/1/9789241549028_eng.pdf. - Lustig RH, Schmidt LA, Brindis CD. Public health: The toxic truth about sugar. Nature. 2012;482(7383):27-29.
筆者プロフィール
Makiko NISHI
西 真紀子 NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)理事長
1996年 | 大阪大学歯学部卒業 |
大阪大学歯学部歯科保存学講座入局 | |
2000年 | スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員 |
2001年 | 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務 |
2007年 | アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了 |
Master of Dental Public Health (MDPH)取得 | |
2010年 | NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)理事長 |
2018年 | 同大学院博士課程修了 |
Doctor of Philosophy(PhD)取得 |