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チョコレート歯科医院:宇野修平先生

歯科学を司る存在として
科学的根拠の変化に追随し対応することが重要です

熊谷先生と出会い、会社員から歯科医師の道へ

 宇野先生は、歯科医師になる以前はジョンソン・エンド・ジョンソンでサラリーマンをしていたと聞いています。 ある時、同級生が開業前に勤務していた予防歯科の先駆者ともいえる山形県酒田市の日吉歯科診療所を訪れ、院長の熊谷崇先生と出会い、帰路につく飛行機の中で歯科医師になろうと決断したエピソードがあります。その時、先生の中に何が起こったのでしょうか?


 ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)ではフィルドトレーナーという役職で、営業マンの 育成や組織づくりに参画していました。J&JにはOur Credoという世界で有名な社訓があります。顧客、社員と家族、地域社会、株主など、すべてのステークホルダーに有益に働くサービスを提供することが企業理念です。熊谷先生にお会いした際は、事業部のCredoリーダーの役も担っていました。
 熊谷先生にお話を伺って、我が国の予防歯科は未成熟で、個々の認識にばらつきがあり、科学の叡智が生かされていない現実を認識しました。歯科先進国スウェーデン30年うしろを歩んでいるという言葉に象徴されます。「市民の口腔の健康」というエンドポイントに アプローチする価値、私のキャリアから貢献できる可能性を直感しました。


 現在のチョコレート歯科医院は、上述した同級生の歯科医師から引き継ぎ14年経ちます。 開業当時から科学的な正しさを現在進行形で更新しながら、同時に患者さんや地域に寄り添い、必要な時に必要な事をする医療の基本姿勢は一貫して変わってないように思いますが、いかがでしょう? 一方で、変わったこともあると思いますが、ありましたら教えてください。


 同級生の加藤大明先生は、若くして予防歯科界で不動の評価を得ていましたからね。当時は当院を継承することなど考えてもいませんでした。加藤先生時代から続く理念は、地域に世界水準の予防歯科医療を提供することです。
 当院では科学的根拠のアップデートに追随します。したがって何十年も前の根拠を盲信することはありません。ここに変化が生じます。

リスクが異なれば通院感覚も違います。歯を過剰に防衛するための人生ではありません

集患セミナーが生み出す悪循環

 歯科医療は、医学というサイエンスと技能というアートが融合して成り立っています。 予防歯科が定着し、サイエンスの部分がようやく注目されつつある歯科界ですが、 その実態は予防とは名ばかりの予防型歯科医院が少なくありません。チョコレート歯科のようなエビデンスベースの予防型歯科医院をつくるのに、必要なこと、やってはいけないことを教えてください。


 予防歯科は定期通院型です。将来、修復治療に費やす時間や費用を先行投資して健康を維持します。個々の疾患リスクに応じて、最適な手段を講じなくてはいけません。そのための通院間隔、診療時間です。古い教えを盲信し続けることも、時代から逸脱し歯科医療の統一感を失う原因になります。典型的には、う蝕予防の手段としてバイオフィルムの除去に過度の信頼を寄せる風潮が残っています。知識のアップデートが必要です。
 SNS時代。集患セミナーが多くなりました。ネット上の口コミ評価を誘導するために無料ホワイトニングを実施したりと様々です。このようなことに注力していると知識や技術が空洞化します。直近にメインテナンスを受けたという新規患者さんの声を疑いたくなるほど、大量の縁下歯石が残存しているケースを目にします。縁上歯石のみにアプローチすることで、患者さんは短時間で快適に除去してくれていると信じています。また当院の位置する地域では、う蝕予防の第一選択肢としてコンクールを使用している患者が極めて多いです。
 無価値なことに価値を見出す患者さんが増えると、健康管理に重点をおく歯科医療従事者が減り、集患活動にさらに目が向きます。専門家の助言や行為は、そのものが健康維持に直結すべきです。結果の伴わない行為に患者満足を誘導することは、やってはいけないことと考えています。


 質の担保されない予防型歯科医院が増え続けることに、弊害を感じることはありますか?

 あります。多くの予防型歯科医院がクリーニングサロン化しています。定期通院の中で粛々と専門家のクリーニングを受ける一方、ご自身の詳しい病状や標準的な予防手段に関する知識を有していない患者さんが多いです。
 初診患者さんの中には、手遅れ状態の方が一定数います。これまで指示されたメインテナンスを真面目に継続してきたこと、しかし病気の進行を実感していること、そして何とかして欲しいこと。このようなストーリーをお持ちの患者さんが増えています。当院では口腔内の状態を精密検査、X線写真などをもとに解説しますが、多くはそこで初めて病気と厳しい現状を知ります。歯周病はSilent Diseaseと称されるほど自覚症状に乏しい病気です。まさかと驚かれる方や泣き崩れる患者さんもいます。患者さんの悲痛な表情を眼前に、健康を守る歯科として抜歯を提案することは、一番辛い場面です。

結果の伴わない行為に誘導してはいけません。必要な行為は科学的に定義されています

科学的根拠を基に予防歯科を実践

 自分の口腔内の状況を推測できない患者に代わって、病気の緊急性やメインテナンス期間を決定するのが、予防型歯科医院の仕事だと思います。ところが、「定期管理型」 という名の下に、慣習的期間やアポイント状況を基準に病気の判断やメインテナンス期間を決めているケースを散見します。貴院でのメインテナンス期間の基準を教えてください。


 全患者一律3ヶ月通院というドグマが定着しています。科学研究からは、う蝕予防、歯周病予防に最適なカスタマイズされた期間は導かれていません。しかし両疾患の予防には前提条件が存在します。それは患者さんによるセルフケアです。
 う蝕予防に優先される標準的セルフケアは歯磨剤、リスクに応じては洗口液によるフッ化物の適正応用です。高濃度フッ化物配合歯磨剤のように30%以上の予防効果が示されているアイテムは他にありません。ハイリスクの場合、間食へのアプローチも必要です。
 歯周病予防のためには歯肉からの出血を10%未満に制御するための衛生管理が求められます。歯周病が進行した部位では、セルフケアのみでは進行抑制ができませんから、専門家の手で頻回に歯肉縁下の生菌を除去(デブライドメント)する必要があります。
 定期的な歯石除去をうたう歯科医院がいまだに多いです。歯石は磨き残した病原菌の死骸に過ぎません。歯石の沈着を抑制することに目を向けるべきです。またう蝕、歯周病リスクが極めて低い患者さんに、ハイリスクの方と同じ間隔で通院していただく必要は皆無です。このようなことを考慮することで、個々の通院間隔や診療時間が決定します。当院では1ヶ月~12ヶ月ごとの間隔を設定し、経過を観察しながら適宜、見直すようにしています。


 以前、貴院で2名の歯科医衛生士に、「患者にとって最も大切なことは?」と質問したところ、揃って「患者によって異なります」と即答されました。 「モチベーションを上げること」「定期的なメインテナンス」 など、歯科商業誌でよく眼にするような普通のフレーズを予測していた私は、「患者によって異なります」と、医療の本質を踏まえた返事に、質問をしたことが恥ずかしくなった覚えがあります。 このような発言をする歯科衛生士が育つ土壌を築かれるまでのご苦労とその教育方法を教えてください。


 個をみる目線ですね(笑)。衛生士の感性でしょう。ある患者さんについて質問しても、 う蝕リスクや補綴物の有無、歯周病リスクや進行部位、課題点など多くはカルテをみなくても会話が成立します。私の役割は、最前線で患者さんを理解し、口腔の健康を守る衛生士のやりがいと実行力を育む環境を作ることです。学習の観点では、科学的根拠を収集し、効果や実践の難易度の観点から優先順位を明確化し、わかりやすい言葉で整理してからバトンを渡します。院内学習のポイントは、定期的に情報を詰め込む以前に、学習意欲が高まる環境を整備することです。毎日多くの衛生士が質問に来てくれます。個別の疑問 に回答していく方が、集団学習よりも実りが大きいことを実感しています。
 初診患者さんのデンタルIQにはばらつきがあります。歯科医院を穴を埋める場所と考えている方、クリーニングサロンと考えている方、セルフケアのチェックや進行部位の管理を行う場所と考えられている方まで様々です。スウェーデンを中心とした先進諸国のような 市民感覚には至っていません。地域を見渡すと、人生の後半は入れ歯生活が妥当です。地域社会を変えて、生涯ご自身の歯で美味しく食事をしてほしいという願いにも通じているでしょう。

リスクが異なれば通院感覚も違います。歯を過剰に防衛するための人生ではありません

混沌とした予防歯科界の現状

 貴院へは患者紹介やその評判を聞き、北関東全般、東京からも来院を希望する患者さんが多いと伺っています。 このような動向は、保険医療機関として極めて珍しいことだと思います。何か特別なことをしているのでしょうか? また、その中から患者さんが起こした行動変容で印象に残っているエピソードがありましたら教えてください。


 隣県からの患者さんは多いです。東北から来られる患者さんもいます。「わざわざ」遠方から来院される方の共通点は、長年、予防目的で通院しながら、歯が壊れゆく現状に不安を抱えていることです。多くは病気そのもの、病状や予防方法を理解できるレベルで教わっていません。つい先日は、神奈川県からセカンドオピニオン目的で来院されました。当院では集患に関わる広告宣伝は一切行っていません。日吉歯科診療所(山形県酒田市)とのつながりを調べて来院する方もいます。多いのはご紹介です。当院の所在地である鹿沼市には大手企業の工場が多く、転勤が盛んです。新しいお住まいで、藁にもすがる思いを抱えた方と出会い、ご紹介いただくパターンです。
 遠方から来られる方は目的意識が非常に強く、行動を変えていただくことは比較的容易です。負の側面もあります。すでに重度に崩壊し、予防の範疇を超えている方が多いです。 またお近くの信頼できる予防歯科を紹介しても、一部は転院を嫌います。トラウマを抱えておられるからです。


 最後にサラリーマン時代と現在を比べて生活の変化、価値観の変化などありましたら教えてください。また、今後の展望を教えてください。


 生活の変化は、休日や終業時刻が決まっていることです。サラリーマン時代、0時前に仕事を終えていることは殆どありませんでした。現在は、論文の抄読や、歯科医療誌への執筆などにプライーベート時間を充てがうことも多いですが、自分ごとであるという感覚がより強いため、苦になりません。
 価値観の変化はあまりありません。院長、スタッフ、患者さん、3つの関係が相互にあります。口腔の健康維持という目的をもって、これらの関係を強く結ぶことを役目であると捉えています。
 歯科医師、歯科衛生士に向けた発信は小規模ながら継続していくつもりです。俗に言う 「予防歯科」には歴史も明確な定義もありません。すべての歯科治療領域の土台に位置する概念を切りとった造語です。それがゆえ、オリジナルメソッドが乱立し、複雑化しています。客観性の高い情報を発信することで、「予防歯科」を定義する一助となれば幸いです。

宇野先生による自己評価(5点満点)