五條和郎先生:五條歯科医院
開業当初より発行し続ける医院新聞
貴院は2005年10月の開業当初より、予防歯科をベースにした臨床を展開してきました。開業から16年経ち、地域住民の方の歯科全般に対する意識の変化、予防歯科の浸透度は深まってきたのか、その2点について教えてください。
予防歯科を希望される方が増えてきましたので、地道に取り組んできた甲斐がありました。ただ一方で、高齢者が多い地区のため、コロナを理由に、まずは自身の健康を守ることが第一となり、歯科を後回しにされる方が一定数いらっしゃるのも事実です。この地域では、まだまだ「歯科と全身の健康」が認知されていないということに気付かされました。そのため、今まで以上に啓蒙活動に力を入れたいと思います。現在も歯科は安全に受診できますし、「コロナから身を守るうえでも歯科は大切なんですよ」と、発信し続けていきたいです。
貴院が季刊で発行している、地域住民向け歯科新聞「カバっこ新聞」を、当初発行した思い、その成果、そのご苦労などを教えてください。
カバっこ新聞を発行した当初は私一人で作業を行っていたのですが、次第にスタッフも手伝ってくれるようになりました。ありがたいことに患者さんからも好評でして、お褒めの言葉をいただくとスタッフもよりやる気になり、現在まで好循環で発行しております。
最近では、20代のスタッフがインスタグラムを初め医院の情報を発信してくれています。スタッフに馴染みのあるツールで情報を発信できるので、今後は紙媒体と
ネット媒体のそれぞれの利点を組み合わせて発信していけたらと思っています。
働きやすい職場づくり
「人生100年時代」の支え手であるために、地域住民の方と生涯お付き合いをしていく一環として、訪問診療を実施されています。多くの医院では訪問先の営業活動が活発ななか、貴院は特別な広報活動をしていないように見受けられますが、どのようにして訪問先を広めているのでしょうか。
特別な営業活動はしておりませんが、極力ケアマネージャーさんと勉強会を行うようにしています。その結果として、ケアマネさんを通して広がっているのだと思います。一方で、外来から訪問診療に切り替える患者さんも増えてきました。「一生笑ってしゃべって食べられる社会をつくる」という医院理念を実現するために、訪問診療を開業当初から取り入れていてよかったと最近改めて実感しています。
一般的に歯科診療所は、従業員の働き方や労務管理意識が希薄ですが、貴院は企業・団体基準の「健康経営」に取り組まれ、【横浜健康経営2019】の認証を取得しています。この活動を始めた動機、意義、従業員の変化などを教えてください。
やはり働き方改革を見据えた時に、自分自身の人生も100年になるわけです。その中で100歳の患者さんを診ていくとなりますと、私以外の人に権限を委譲する必要があります。それを考えますと、働きやすい環境づくりについて、徹底的に取り組まなければならないと思い取得に至りました。まだまだ「健康経営」が一般的に浸透していないためか、【横浜健康経営2019】の認証を取得しているからといって、当院で働きたいと言う人には、残念ながらまだあったことはありません。一方で患者さんからは「そこまでちゃんとやってるんですね。」と評価いただいております。またスタッフからも「働きやすい」と言ってもらえていますので、やりがいを感じています。
クラウドサービスによるさらなる可能性
貴院は富士通が提供するクラウドサービスを通じて、口内情報を患者と共有しています。患者と口内情報を提供する効果、その難しさ、スタッフの負荷などを教えてください。
富士通は会社が定める健康経営方針に予防歯科を取り入れ、社員の健康増進を図っています。さらには予防歯科を社会に普及させる活動も実施しており、これらに賛同し当院はクラウドサービスの導入を決めました。しかし、当院の担当者の入れ替わりなどもあり、まだ十分な運用はできていません。ですが、患者さんと口腔内情報を共有することは、地域かかりつけ医として健康寿命の延伸をはかる上で、今後は必須と考えています。そして個人情報保護の観点からも、富士通のデータセンターでしたら、厚生労働省の指定のVPN回線を使用しているため安心です。
貴院は最寄り駅「金沢文庫」から徒歩で20分程度の距離に位置しますが、スタッフ集め、雇用で工夫されていること、ご苦労などがありましたら教えてください。
駅から少し離れているというのは、確かに採用の面では不利ですが、その分、診療時間を開業当初より約2時間早める等、スタッフのワークライフバランスにも注目して医院づくりをしてきました。産休・育休を経て医院に戻ってきてくれるスタッフも多いです。
現在の課題は、それぞれ経歴やスキルも異なるスタッフをどう教育し、医院の体制づくりを行うかです。そのために、月1回午前診療を休診にして、ミーティングの場を設けています。それとは別に毎週火曜日に一人一人日替わりでランチミーティングも行っています。その時には、全体の場では話せない個人的な話や他愛のないことなどざっくばらんに話して、コミュニケーションを積極的にとるようにしています。
今後の展望
貴院は地域の中核を担う歯科医院として、開業以来16年にわたり多くの地域住民の口内を守り続けてきました。継続的に通っていただくこともそうですが、患者教育を行動変容に繋げるための取り組みについて教えてください。
行動変容に繋がる答えは患者自身の中にあると私は考えています。ですので、常に患者さんと向き合うときに「あなたはどうなったら良いと思いますか」という問いを投げかけるようにしています。スタッフでよく間違えるのは「『どうしたら良いですか』と聞いても患者さんは治療方法がわかるわけではない」という疑問です。「どうなったら良い」と「どうしたら良い」は決定的に違うのは患者さんの望みを聞いている点です。
臨床経験の浅いうちは私もついどのように治療をするか、歯を残すにはどうしたら良いかをまず考えていましたが、そこには治療の主役である患者さんの希望は反映されていません。患者さんの希望に沿った治療を提案し、結果を提供した先に行動変容が起きるのではと考えています。行動変容を促すのは、一方的な情報発信ではなく、まずは相手の望みを聞くことと今は考えています。
予防歯科をさらに社会に普及させるためには、どのような取り組みが必要になるか、アイディアやご意見がございましたらお聞かせください。
私の息子は高校2年生になりました。「トンビが鷹を生んだ」とはよく言ったもので、我ながら出来の良い息子と思います。都内の進学校でいつもトップクラスに入ることができる自慢の息子です。彼が大学進学を考える年頃になったときに、嬉しいことに「歯科大学」を選んでくれました。ところが、教師からは「君の能力なのだからもっと良いところに行ったほうが良い」「歯科は出来が悪い奴がいくところだ」、友人からも「なんで医者でなく歯医者なの」と言われたそうです。私はこれがまさに「日本人が考えるところの歯科への思い」なのだとつくづく思い知らされ、涙に暮れています。
予防歯科を世に広めるためには、まずそれを担う人材を育成すること、歯科業界に入りたいと思える業界にすることだと考えています。私にできることは小さなことかもしれませんが、人生の折り返しを迎えるにあたって次の世代を作る、継続可能な業界であることを世に知らしめることが必要ではと思っています。
五條先生が描く今後の目標・展望について教えてください。
まずは当院を継ぐ次の世代をつくらなければいけないと思っております。そのために人材の発掘・育成に注力し、0歳~100歳まで診ていけるようなインフラを構築したいです。その基盤の上に初めて予防歯科が備わってくると思いますので、当面は受皿をつくることが目標となります。近々近隣に地域FMができるため、それも活用し多角的に情報発信をしていきたいと思っています。