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阿部嘉生先生:阿部デンタルオフィス

予防歯科とは患者教育でありシステムづくりである

歯医者なんて必要ないと思っていた歯科大生時代

歯科医師を目指そうと思ったきっかけ・動機について教えていただけますか。

 両親が教員でしたので、高校生当時の私は同じ教員の道に進もうと思っていました。しかし勉強が苦手だったため、そんな自分が将来のある子どもたちに勉強を教える資格はないと次第に迷い始めたのです。教員になる人はそこを乗り越えて行くのだろうと思うのですが、私はそこで止まってしまいました。
 自分の将来に関して転機となったのは当時受けていた歯科矯正治療でした。高額な費用に驚くと同時に両親の愛情にも気付かされ、このような仕事に携われる歯科医師は「素晴らしいな」と次第に自分の将来の職業として意識するようになりました。最も印象的な出来事として、矯正治療は治療の終盤に輪ゴム(顎間ゴム)を使用してかみ合わせを整えるのですが、私が不真面目でそれを使わなかったところ担当の先生に叱られたのです。先生は大きな声を出すわけではなく冷静に「阿部君、それではいつまで経っても治らないよ。ここが一番重要だから、まずは1ヵ月使ってみよう」と仰り、そこから真面目に使い始めるとかみ合わせが良くなったこともそうですが、先生がよく頑張ったねと褒めてくれたことがなんとも言えず嬉しく思いました。矯正治療というのはこんなふうにコミュニケーションをとりながら行っていく治療なんだとそこで初めて理解し、矯正治療にも興味を持つきっかけとなり、そこから本気で歯科医師を志すことになります。

歯科大学に入学してから現在に至るまでの経緯・学びについてお聞かせください。

 おかしな話ですが、当時の私は歯科大学入学後も、世の中に歯医者なんて必要ないと思っていました。なぜなら虫歯や歯周病にならないことが一番だと考えていたからです。友人はどれだけ上手な治療をすることができるかに価値をおいていました。どれだけ虫歯にならないかを話す友人は皆無です。歯医者は神様ではありません。所詮良い治療をしたとしてもその人の本来の歯や歯肉には敵うことはないと考えていたからこそ、「治療をする」歯医者は不要だと思っていました。それは、高校生までの自身の矯正治療の経験から、歯はある程度ブラッシングすることで、むし歯にならないとわかっていたからその考えに行き着いています。矯正治療では毎回治療前に歯科衛生士のもと歯を磨くのですが、ある程度きれいにならないと受診できないことから、熱心にブラッシングしていました。その甲斐あって虫歯に悩むことはありませんでした。ですから、虫歯を治療する歯医者は必要ない、ただし歯並びは遺伝の影響もありますので、必ず歯医者の力が必要だと思っていました。そのため大学1年生の頃から“予防”の重要性は意識していましたし、歯並びが悪いとブラッシングしにくいので歯を動かすこと(歯列矯正)ができないと予防管理はむずかしいと考え、自然と予防と矯正をセットで考えるようになりました。
 大学卒業間際、大学構内の求人情報を確認すると、矯正歯科で高名な専門医の百瀬保先生の診療所(東京都北区)がタイミングよく募集を行っていたのです。高レベルの矯正と一般診療の両方を学べる理想の環境のため、この機会を逃すまいと早速見学に行きました。百瀬先生に「矯正を学びたい」と申し上げたところ、「矯正をやるには一般診療をまず勉強しなさい」と仰り、そこで初めて先生の考えを理解することになりました。百瀬先生は虫歯の治療・歯周病の治療を理解していなければ矯正治療は成り立たないというお考えでした。私も百瀬先生と同じ考えだったためすぐに賛同し、まずは一般診療を勉強し並行して矯正治療も少しずつ勉強していくという具合に勤務医時代がスタートしました。時を経て、百瀬先生を真似た現在の私の診療スタイルになりました。
 百瀬歯科医院では様々なことを学びました。基本的に歯科治療に簡単なものはありません。もちろん矯正は難しかったのですが、最も苦労したのは虫歯の治療で、それは20年近くの経験がある現在でも最も難しいと感じています。虫歯の取り残しがないように、神経をとらないように、痛くないように、治療後にしみないように…といった具合に「~しない」を治療に取り入れていきますと、とても難しく繊細な治療内容になってしまうのです。また歯周病治療は歯科衛生士が行うことのできる治療ですが、勤務医時代はすべて私が担当していました。歯周病は重度でない限りほぼ症状がないことから、患者とのコミュニケーションが重要で、ブラッシングやメンテナンスのモチベーションを保つのが難しく感じました。もしそういった問題がある口腔内であれば歯列矯正はできません。矯正装置が入った時点で虫歯や歯周病などの問題が始まってしまいます。百瀬先生はそれを私に認識させたかったのだろうと思います。
私は物事を常にシンプルに考えたいので、歯並びが良くなればケアもしやすくなり虫歯も歯周病も予防できることから、現在の診療スタイルに落ちつくのは必然だったのかもしれません。

理想を追求するために実践をくり返す

OPセミナーを受講して

阿部先生は酒田市のご出身ということもあり、少なからず日吉歯科診療所とのご縁を感じているかと思いますが、オーラルフィジシャン育成セミナー(2017年57期)の受講理由について教えていただけますか。(2022年5月現在 72期)

 高校生まで酒田で生活していましたので、熊谷先生のことは存じ上げておりご縁は感じておりました。ただ、前述の通り一般診療・矯正治療をメインに勉強していた私にとって予防歯科の勉強は後回しになっていました。それは「PMTC」=「予防歯科」だと簡単に考えていたことが理由です。
 そんな私が受講しようと決めた理由は2点あり、1つはSAT事務局の伊藤氏の勧め、もう1つは歯科衛生士の人数が揃ったことです。開業当初は歯科衛生士はおらず、3年目くらいから入社し始めたのですが、中には新人歯科衛生士もいたため、その教育も悩みの一つでしたので受講を決めました。
 実際に行ってみて驚きましたし、何もかもが違いました。これまで私が思っていた予防歯科は方法=PMTCであり、歯科衛生士が何を行うかでした。受講された先生方それぞれに予防歯科の考え方は違うと思いますが、私が受講して一番に感じたのは、「予防歯科」=「患者教育」である、ということです。そのための“医院づくり・システムづくり”をどうしていくかというセミナーだと考えます。だからこそ驚きましたし、全国各地からなぜ人が集まるのか、その理由がわかりました。患者教育というと、上から目線な感じがしますが、そうではありません。患者さんに自分の口の中にほんの少しでも興味をもってくださいね、と伝えるということです。自分の歯が何本あるか、これを答えられる患者さんが何人いらっしゃるでしょうか。そんな些細なことでも興味を持つことは予防歯科の第一歩ではないかと思います。

貴院は予防型歯科医院としてMTM(メディカルトリートメントモデル)を実践されていますが、従来型歯科医院との違いは何でしょうか。

 歯科医院が違うと考えがちですが、違いは患者さん自身の考え方です。
 患者さんがどれだけ自分の口の中を大事に感じているか。これに尽きます。これからの人生、美味しいものを食べ、楽しくおしゃべりやおしゃれができ、長く健康でいられるか、これを突き詰めて我々阿部デンタルオフィスのスタッフは最大限努力しています。歯科医院はテーマパークではありませんので、基本的には患者さんにとっては行きたくない場所。しかもあまり命には関係ない(本当はありますが)。しかし、人生を豊かにするために不可欠な場所になりたいと常に思っています。
 従来型歯科医院は、歯が痛い→イヤイヤ歯科医院に行く→治療が痛い→行きたくなくなる…の繰り返しです。
 しかし、予防型歯科医院では、検診(歯は痛くない)→資料を取る→クリーニング→治療(症状がないので基本的には痛くない)→再評価し傾向から適切なメンテナンスの間隔を決める→メンテナンス
 スタートが既に違いますね。我々歯科医院が違うのではなく患者さんの考えが違うのです。どちらが良いということは決してありません。患者さんと考えが合う、通いやすい歯科医院が結局は患者さんにとって良い歯科医院なのです。ですから、阿部デンタルオフィスの考え方がすべての患者さんにとってベストの歯科医院ではないということを強調します。患者さんが早く治療を受けたい、痛みをとってほしい、と思うのなら阿部デンタルオフィスは良くない歯科医院です。逆に、患者さんがこれからの豊かな人生にやっぱり健康な歯が必要だよね、と思うのなら阿部デンタルオフィスはその患者さんにとってきっと良い歯科医院と言えるでしょう。
 阿部デンタルオフィスではポイントがあります。それは資料を重要視し治療を繰り返さないこと。
 まず資料を重要視すること。これは、一般的な検査(口腔内写真・レントゲン写真・歯周組織検査・プラークコントロールレコード)に加え唾液検査の結果が必要になります。これだけ膨大な資料がなぜ必要なのか。それは我々が患者に客観的に説明する必要があるからです。何も資料がなければ医療従事者の勘と経験、つまり主観でしか患者の状態を説明することができません。一枚の口腔内写真・レントゲン写真・その部位の歯周組織検査・あるいはブラッシングの状態・唾液の性状がわかれば、現在の状態をわかりやすく説明できますし、その資料が何年分もあれば、かなりの精度で将来の状態を予測することができます。
 このことが治療を繰り返さないことにつながります。患者さんのお口の中の傾向を熟知した歯科衛生士が担当し、お口の中だけでなく生活の中での些細な変化を見逃さないようにします。
またこの資料を取りまとめ簡単にわかりやすく解釈し説明することは歯科衛生士の力量です。歯科衛生士の一番の仕事はクリーニングすることではありません。最も重要な仕事は「歯の価値を患者に伝える」ことです。この資料を使って、患者の口の中の性格を今はこう、将来はこうなる、であるならばこうしないといけない、というように傾向と対策を患者に説明することで、歯があることがいかに幸せなことか、美しいことかといった価値を伝えることがはじめて可能になるのです。

患者の意識を自分ごと化させることが重要

基礎疾患と歯周病の関係性について

歯科も全身の健康との兼ね合いを要求される時代になりましたが、基礎疾患を抱えている患者さんに対する診々連携について教えてください。

 私は日本糖尿病協会の登録歯科医です。糖尿病と歯周病には密接な関係があり、糖尿病に罹患している方は歯周病にも罹患している、またその逆も然りと、現在それが当たり前の状況になってきています。歯科医師は直接糖尿病にアプローチすることはできませんが、歯周病の治療を行い糖尿病の悪化を防ぐこと、それが大事であると思っています。糖尿病の完治は難しいかもしれませんが、病気とうまく付き合っていくことが重要だと認識しておりますので、私は糖尿病協会の登録歯科医となりました。今後は糖尿病・歯周病・カリエスに関する啓蒙活動を強化していきたいと考えています。

現在、歯科界では歯科衛生士の採用に多くの医院が苦労されています。
その様な状況で歯科衛生士の採用・教育・マネジメント面で大切にしていることは何でしょうか。

 現在、歯科医師2名(非2)、歯科衛生士5名(常4非1)、歯科助手5名(常4非1)の12名で診療を行っておりますが、歯科衛生士の採用に関しては、私が伺いたいくらいです。「去る者は追わず来る者は拒まず」ですね。一緒に働かなければわかりません。しかし、当たり前のことですが面接の時に必ず聞かれる質問を簡単に答えることができるかどうか。例えば、志望の動機です。ここで手間取るようでは、普段の仕事でまず準備不足が出るとわかってしまいます。何でも良いわけです。条件が良かったでも、家から近いでも。しかし、その場で考えているような雰囲気が少しでも出れば不採用にします。
また条件面では社会保障制度や労働保険などは、一般企業に準じるよう整備して機能することを考えて実施しています。有給休暇や産休育休、週労働時間など当たり前の権利を当たり前に行使できるような雰囲気になるよう努めたり、週休3日制などを導入して工夫をしています。
 教育・マネジメントについては、とにかく自分で考えて行動をさせます。その行動に関して理由を必ず聞くようにします。それが普段の仕事でも何でもです。特に失敗したことをフォーカスしがちですが、私が聞きたいのは失敗の言い訳ではなく、そのスタッフの考え方を聞きたいのです。それがわかればそのスタッフの性格が少しずつわかってきます。性格がわかれば場面場面で適材適所にスタッフを配置できるようになると考えています。また当たり前ですがリスクマネジメントを徹底しています。スタッフは患者さんの不満を作らせないように些細なことでも必ずリスクを説明し、患者さん自身に納得していただくようにしています。

変わらないことが“美”であり “理想”である

今後の展望について

阿部先生のように、富士通予防歯科クラウドサービスの導入理由が、矯正歯科で利用するためと仰る先生は珍しいのですが、その理由を教えていただけますでしょうか。

 予防歯科でももちろん利用しますよ。ただ自分のやっていることで最大限利用できそうだと思ったので導入に至りました。
予防というのは変わらないことが“美”だと考えています。当たり前ですが何年たっても同じ画像が理想で、虫歯や歯周病によって変化してはいけません。ただし患者にとって資料を取ることは当たり前ではないのです。よく患者から「なぜ半年ごとに口腔内を撮影しなくてはいけないのですか?」と聞かれます。当院では「変わらないことが理想であり、変わってしまったら歯科の仕事は成り立ちません。そのため経過観察が必要だから、あるいは細かい違いを見つけるために撮影しているのです」と説明しています。
 一方で矯正はダイナミックに変化します。保護者の方はその過程を把握したいと思いますので、対象例と見比べ5段階の○段階目というように、現在地を示せるように活用していきたいです。“百聞は一見に如かず”の通りご家族が見ても一目瞭然ですし、わかりやすさを鑑みて導入を決めました。

最後に今後の展望・展開について教えてください。

 来院された患者さん全員をできれば私は治療したくないと思っています。虫歯や歯周病にならないことが最高のことです。歯は生活を豊かにして楽しく人生を送るための神様から与えられた贈り物のひとつです。我々阿部デンタルオフィスの取り組みが、患者さん自身の歯を一生使っていくための一助になれば最大の幸せです。
 特に20歳以下の患者については、20歳になってもカリエスフリー状態の方を増やしていきたいです。達成できれば将来むし歯で困ることも多くないでしょう。そのため妊産婦とその父親の教育を徹底し、生まれる前から20歳まで歯列を含めた口腔内の環境づくり・患者教育に注力できるように、医院のシステム面をより強化していきたいと考えています。

先生による自己評価(5点満点)