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オカダデンタルオフィス:岡田淳先生

「人が育つまで、待てるか」
──オカダデンタルオフィス岡田院長インタビュー

人が育つには、時間がかかります。
それを前提に診療と組織を組み立ててきた岡田院長の実践を、新年号として静かに振り返りました。人手不足が常態化するいま、「待つこと」を引き受けるという選択について考えます。


1. 「人手不足」の正体は「時間の欠如」

現在の歯科界において、歯科衛生士の不足は、もはや慢性的かつ構造的な課題となっています。
有効求人倍率の高止まりや、都市部への人材流出といった数字が、その状況を示しています。
こうした現状を前に、岡田院長とのインタビューを進めるなかで浮かび上がってきたのは、問題の本質は単なる「人員の欠如」ではなく、「育成に充てる時間の不足」にあるのではないか、という視点でした。

新人スタッフを採用しても、臨床の在り方を理解し、患者と信頼関係を築けるようになるまでには、一定の歳月が必要です。
しかし、その習熟期に差しかかった段階で、結婚や転居、妊娠といったライフイベントによる離職が重なることも少なくありません。
それは個人にとって自然な選択である一方、教育に時間と労力をかけてきた医院側にとっては、現実的な負担として突きつけられます。

岡田院長の話を聞くなかで印象に残ったのは、この「待つ時間」が、現場にとって最も重くのしかかっているという点でした。
人が育つには時間がかかる。その時間を引き受け続けること自体が、多くの医院にとって難しくなっているように感じられました。

2. 組織の「厚み」が担保する心理的安全

岡田院長が現在10名の歯科衛生士を雇用しているのは、医院規模を拡大するためではありません。
人数そのものではなく、「組織としてどの程度の余白を持てるか」を基準に考えている点が、インタビューの中で繰り返し語られていました。

人員が不足すれば現場は疲弊し、反対に過剰になれば業務は細分化され、診療が流れ作業になりやすくなります。
同院では、そのどちらにも偏らない状態を保つために、「スタッフが成長する時間」を前提とした人員配置がなされています。

月1回の勉強会や症例検討会も、短期的な効率や収益を目的としたものではなく、日常診療の延長として無理のない形で継続されています。

また、ミスへの対応の仕方も印象的でした。若手スタッフが失敗した際、それを個人の問題として切り離すのではなく、チーム全体で共有し、次に活かすための材料として扱う。
原因を特定の個人に帰さないこの運用は、現場に余計な緊張を生まず、結果として長く働き続けやすい環境につながっています。

これらの取り組みは、特別な制度として強調されることはありません。
岡田院長の語りも終始淡々としており、日々の診療を行うために必要なことを、必要な形で積み重ねている印象でした。


3.「言葉が変わる」という変容の瞬間

岡田院長は、歯科衛生士が仕事に習熟していく過程を、長い時間をかけた変化として捉えています。
採用初期のスタッフは、「正解」を求めてマニュアルに強く依存し、自身の力不足を必要以上に気にしたり、患者の反応に感情を大きく揺さぶられたりすることが少なくありません。

数年にわたって診療経験を重ね、成功と失敗の蓄積が増えてきても、その自信はまだ不安定なままです。
ところが、この状態を途中で切り上げず、一定期間をかけて経験を積み重ねていくと、ある段階で明確な変化が現れるといいます。

「数年後、歯科衛生士の言葉は変わる」
岡田院長は、この点について、ためらいのない口調で語られていました。

患者による診療中断や予定変更といった出来事を、「自分が否定された結果」としてではなく、状況の一つとして整理できるようになる。
自身の対応を感情的に振り返るのではなく、何が起き、何を選択し、次にどうするかを冷静に考えられるようになる。
その変化は、日々使われる言葉の端々に表れてくるそうです。

この段階に至ると、診療行為は単なる作業の積み重ねではなくなります。
自分の関与を客観的に捉え、次の対応を組み立てる力が備わることで、現場での判断や説明にも安定感が生まれていきます。

4. 継承される姿勢と、現代への翻訳

岡田院長が診療や組織運営を考えるうえで、基準点として挙げる存在の一人が、予防歯科の先駆者である熊谷崇先生です。
資料採得や初期治療を自ら行い、臨床の質を徹底して担保してきたその取り組みについて、岡田院長はたびたび言及していました。

一方で、当時と同じやり方を、そのまま現在の診療体制や組織に当てはめることには慎重な姿勢も示されています。
個人の献身に強く依存した体制は、現代の労働環境やライフステージの多様化を考えると、現実的ではない場面もある。
その点については、感情を交えず、課題として整理されていました。

同院では、先人の実践から学びつつも、現在の環境に合わせて運用を試みています。
個人に過度な負荷を集中させるのではなく、組織として診療の質を維持できるよう、人と時間の配分を見直し続ける。
その作業は、日常の判断の積み重ねとして行われています。


5.「最初の一本」から始まるナラティブ

インプラント治療を専門領域の一つとする岡田院長が、日常診療のなかで特に注意を払っている場面があります。
それは、小児の永久歯における「最初のむし歯治療」です。

本来であれば予防できた可能性のある永久歯が、最初に治療対象となる背景には、家庭の経済状況や生活習慣、保護者の考え方など、単一では整理できない要因が重なっています。
そのため、この最初の一本への対応は、単にその後の口腔管理や通院のあり方に影響を与えるだけでなく、その子どもが歯科医院とどのような関係を築いていくのか、という点にも大きく関わる場面として捉えられています。

ここでも重要になるのが、一定の経験を積んだ歯科衛生士の関わり方です。
数年の臨床経験を経て「言葉が変わった」衛生士は、知識や注意点を一方的に伝えるのではなく、保護者とともに「どうすれば続けられるか」を考える形で話を進めます。
家庭の状況を踏まえた現実的な選択肢を提示し、無理のない方法を探るやり取りが、自然に行われていました。

6. 組織の忍耐強さが質を決定する

歯科衛生士の定着率を高めるために設計された「10名体制」は、単なる人数確保ではなく、個々のスタッフに過度な負担が集中しないようにするための、いわばリスク分散の仕組みでもあります。
仮に一人が産休や育休に入ったとしても、残るスタッフで臨床の質を維持しながら運営を継続できるよう、あらかじめ一定の余白が組み込まれています。

こうした「余剰」は、効率だけを基準にすれば無駄に見えるかもしれません。
しかし実際には、この余白があることで、スタッフは「生活環境が変わっても、この職場であれば戻ってこられる」という見通しを持つことができます。
その安心感が、結果として長期的な定着につながっている様子が、日常の運営から読み取れました。

また、数年という時間をかけて説明や対応の質が変化していく背景について、岡田院長は「人が経験を積んで判断できるようになるまでには、どうしても時間が必要だ」と話します。
マニュアルに沿って対応する段階から、患者一人ひとりの状況を踏まえて判断できるようになるまでには、知識や経験が整理され、結びついていく過程が欠かせないからです。
こうした変化を、個人の資質や努力だけに帰するのではなく、習熟に伴う自然なプロセスとして捉えている点も印象的でした。

予防歯科の実践は、う蝕の数値を減らすことや、特定の制度を維持することだけを目的とするものではありません。
組織の中で人が育ち、数年にわたる臨床経験を通じてスタッフの言葉や判断の仕方が変化し、その積み重ねが、患者や次の世代の口腔健康に、時間をかけて影響していく。
その過程自体が、日々の診療の中で形づくられています。

7.時間を信じる強さ

予防歯科の価値は、むし歯の本数が減ったといった短期的な指標だけで測れるものではありません。
組織の中で人が育ち、数年にわたる臨床経験を通じてスタッフの捉え方や言葉が変わり、その変化が患者や次の世代の健康に、時間差で影響を及ぼしていく。
その一連の過程そのものが、予防歯科の中で静かに積み重ねられているものだと感じられました。

岡田院長の話の中で、繰り返し出てきたのは、「すぐには結果が出ない」という前提でした。
機械ではなく「人」が介在する医療の現場において、成長のプロセスを省略することはできません。
スタッフが経験を重ね、言葉や対応が変わるまでには、どうしても数年の時間がかかる。
その時間を短縮しようとしないことが、結果として診療の安定や継続につながっているように見えます。

効率や即時的な成果が求められやすい現代において、時間をかけることは、ときに遠回りに映ります。
それでも、人が育つまでの時間を省略せず、日々の診療の中に組み込んでいく。
その積み重ねが、医院の質を形づくっている——インタビューを通じて、そうした現実が静かに浮かび上がってきました。
岡田先生の「待つこと」を引き受けるという静かな決断の中に、歯科医療の未来への一筋の希望を見た気がする。

執筆:CRECER/SAT/JOF・伊藤
監修:オカダデンタルオフィス・岡田淳先生

先生による自己評価(5点満点)

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