岩田有弘歯科医院:岩田有弘先生
衛生士が辞めない医院は、患者の歯を失わせない。
—— 岩田有弘歯科医院が示す、予防歯科の“構造的真実”
20年以上、全国の予防歯科医院を訪ね歩いてきた私には、一つの揺るがない感覚がある。
「歯科衛生士の離職率が低い医院ほど、長期メインテナンス中の罹患率が低い」——この仮説は統計で裏付けられたものではないが、幾つもの現場で同じ光景を見続けてきた経験から生まれた“確信”でもある。
その象徴のような存在が、東京都中央区小伝馬町の一角にある。
ユニット3台。歯科衛生士7名。16年間で退職者わずか5名。
それでいて、長期メインテナンス中にむし歯の再発や歯周病の悪化、まして抜歯などほとんど起きない。
岩田有弘歯科医院は、予防歯科の理想を現実に変えてしまった稀有な医院である。
その「仕組み」は、技術や教育の問題だけではない。
医療の裏側を含めた“組織文化の設計そのもの”が、臨床成績を決定づけている。
本稿では、岩田院長へのインタビューをもとに、
「衛生士が辞めない医院は、なぜ患者の歯を失わせないのか」
その構造的な核心に迫っていく。
「歯が一本も減っていない」
——衝撃がすべての出発点だった
岩田院長が予防歯科を志した背景には、鮮明すぎる体験がある。
「熊谷先生の20年経過症例を初めて拝見したとき、衝撃を受けました。
“本当に歯が一本も失われていない……これはすごい”と。
まさに医療のあるべき姿を示していると感じたんです。
好き嫌いの問題ではなく、これは紛れもない“成果”だと」
治療中心から予防中心へ。
この時代においては、まだ“それ”を選ぶ歯科医師は少なかった。
だが岩田院長は、その症例写真の前で直感したという。
「この道しかない」
そして完全予約制・初診4〜7時間のプライベート診療を選んだ。
それは単なる方針ではなく、“医療の透明性を徹底するという覚悟”
そのものだった。
若き日の京橋A歯科
——「治るって分かってるんだから、やるだけです」
岩田院長の臨床観を形づくったのは、勤務医時代の京橋A歯科だった。
完全自費診療で、ファイルもリーマーも徹底した使い捨て。
補綴物の精度と審美性を追求する、それが自費診療の価値とされた時代である。
そんな環境で、若い岩田医師は根管治療にも歯周治療にも、いまの自分と同じように時間を惜しまなかった。
ある日、院長の谷口清氏からこう声を掛けられる。
「お前、なぜそんなに時間をかけて、だらだらやっているんだ」と。
“手を抜け”という意味ではない。
当時の価値観では、補綴こそが医療の中心。
目に見えない部分に徹底的に時間をかける若手の姿が珍しかったのである。
岩田医師は迷いなく言い返した。
「治ると分かっている。
だからこそ、やるしかないじゃないですか。
患者さんの未来が確実に良くなると信じられる治療なら、迷う必要はないと思っています」
この短いやり取りには、のちの岩田有弘歯科医院の原型となる精神がすでに宿っていた。
“正しい医療を削ることへの拒否感”。
その一貫性が、長い年月を経ても全く揺らがないのが岩田院長の特徴である。
裏側に嘘をつかない医療は、スタッフを離さない
岩田院長の言葉で、最も印象に残ったものがある。
「スタッフというのは、院長の背中その裏側まですべて見ています。
言葉以上に、日々の姿勢や判断が伝わってしまうものなんです」
治療のミスを隠さない。
根管治療中にファイルが折れれば、レントゲンをそのまま患者に渡す。
自分で除去できなければ専門医に依頼し、「必ず除去します」と約束し、必ず履行する。
器具の交換、水回路の管理、シロナユニット専用の洗浄・消毒剤の使用・・・。
患者には見えない細部も、スタッフは確実に見抜いている。
裏側が誠実である。
その事実が、院長の言葉よりはるかに強く組織を支えていく。
“誠実さの継続は、最大の離職防止策である”
岩田歯科はそのことを、16年間の実績で証明している。
全国から“不信の患者”が訪れる理由と、3〜4時間メインテナンスの必然性
岩田有弘歯科には、全国から相談が集まる。
「削られた」「抜かれた」「説明がなかった」
数々の不本意な経験の積み重ねで、患者の警戒心は鋭くなっている。
「いまは、不安を抱える患者さんが本当に多いんです。
だから、いきなり“予防しましょう”とは始まらない。
まずは、その方が前向きになれる状態まで
しっかり整えて差し上げる必要があると考えています」
そのため初診だけでなく、メインテナンスにも3〜4時間を費やす。
これは“丁寧だから”ではない。
不信感の除去も予防歯科のプロセスであるという理解に基づいている。
時間を短縮すれば、医療への信頼を回復できない。
信頼が回復しなければ、行動変容も起きない。
行動変容がなければ、予防は成立しない。
すべては一本の線でつながっている。
衛生士が辞めないから、長期メンテナンスが成功する
予防歯科の結果を決める最大の要素は、“担当者の継続性”だ。
岩田院長は言う。
「メインテナンスのたびに担当が替わる予防歯科と、
同じ歯科衛生士が継続して診ていく予防歯科とでは、
得られる結果はまったく違います。
継続的に関わることで、患者さんの変化を正確に捉え、
必要な支援を積み重ねていける。
それが成果につながるのだと思います」
患者の微細な変化は、1回の診療では見抜けない。
5年、10年と積み重ねて初めて“傾向”が見える。
むし歯の兆候も、歯周ポケットの違和感も、
“違和感を違和感として扱える”のは、長期担当だからこそだ。
岩田有弘歯科医院の衛生士は、ほとんど退職しない。
それがそのまま、長期メンテナンス中の歯の喪失ゼロに直結している。
“学びの半日ブロック”という、離職率を下げる構造
衛生士教育にも特徴がある。
多くの医院では、キャンセル枠や隙間時間に勉強や資料作成を押し込む。
しかし岩田院長は、それを「最も効率の悪いやり方」だと断言する。
「知識を細切れにして学んでも、なかなか身にならないんです。
だからこそ、半日というまとまった時間を確保して学ぶことが大切だと考えています。
集中して理解し、臨床に持ち帰れるレベルまで落とし込む——
その積み重ねが、確かな成長につながります」
衛生士を多めに採用しているのは、学びの時間を確保するためでもある。
資料作成も、ただの“説明資料”では終わらない。
学び、理解し、患者説明に翻訳する。
その過程がプロとしての成長を支えていく。
衛生士が成長を実感できる職場は、辞めない。
辞めないからこそ、患者を守れる。
初診10万円の意味を、衛生士が理解するのは“5年後”だ
入職して間もない歯科衛生士は、「初診10万円」という費用に、戸惑いを覚えることが少なくありません。
そう口にするスタッフもいます。
しかし、2年、3年と経験を積むうちに、彼女たちは気づき始める。
他院では、通っていてもむし歯が再発する。
歯周病が悪化する。メインテナンス中に抜歯になる。
しかし、岩田有弘歯科ではほぼ起きない。
「10万円は、決して“高額な診察料”ではありません。
患者さんが一度立ち止まり、自分の健康と向き合うためのいわば“入口の費用”なんです。
その瞬間から、患者さんの人生が変わり始める。そう考えています」
5年たつ頃には、衛生士が自分の言葉で“医療の価値”を語り始める。
岩田院長は笑う。
「昔は“ぼったくりバー”なんて揶揄されたこともありました(笑)。
でも今では、衛生士の方からこう言うんです。
“この医療は正しい。結果がそれを証明している”と。
患者さんの歯が守られていくという事実が、
私たちの取り組みの正しさを支えてくれています」
誇りは、離職率を下げる最大の力である。
SNSで見せかけの採用を繰り返す医院とは違う、静かな警鐘
昨今、SNS広告で人を集め、キラキラした“働きやすさ”をPRする医院が増えた。
だがその多くが、採用と離職を繰り返している。
その在り方に対し、岩田院長の医院は、“静かなアンチテーゼ” でもある。
派手なPRも、SNSもない。
だが、裏側まで誠実で、構造として衛生士が辞めない医院は、患者の歯を失わせない。 この一点において、岩田有弘歯科の存在は、いまの歯科界への確かな警鐘でもある。
予防歯科の答えは、離職率に宿る
予防歯科を成立させる条件は、技術でも設備でもない。
院長の誠実さと、衛生士が辞めない組織設計にある。
岩田有弘歯科医院は、その真実を静かに示し続けている。
「もし“儲けたい”ということが目的なら、他にいくらでも仕事はあります。
医療を選んだのであれば、せめて“品格を持って、患者さんを守り続ける”。
それが使命だと思っています」
衛生士が辞めない医院は、患者の歯を失わせない——。
これは精神論ではなく、“構造に基づいた必然”である。
執筆:CRECER/SAT/JOF・伊藤
監修:岩田有弘歯科医院・岩田有弘先生
先生による自己評価(5点満点)



