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歯磨きのタイミング

 かつて、歯磨きについて333運動(毎食後3分以内に3分間、1日3回歯を磨く)というスローガンがありました。この時は「食後すぐに歯を磨く」ことが、むし歯を防ぐと考えられていたのですね。冷静にむし歯の成り立ち方を紐解くと、ちょっとおかしな発想ではあるのです。事実、この333運動の科学的根拠を調べてみたところ、見つかりませんでした。しかし、歯磨きの習慣を根付かせることに一役買ったスローガンだったと思います。

 その後、2010年前後に「食後すぐではなく、30分ほど時間を空けてからの方がよい」とする仮説が広まりました。これは、食後すぐでは、口の中はむし歯菌が産生する酸によって酸性に傾いているため、そうしたタイミングで歯を磨くと歯の表面のエナメル質が傷つく可能性があるという理由からでした。特に、酸性度の高い果物のような食べ物や果汁ジュースやワインのような飲み物を摂った後は、ミクロのレベルでエナメル質が一時的に脆い状態になるため(脱灰という)、それをすぐにブラッシングするとかえってダメージを与えることになる、と説明されていたのです。

 このように「30分待つべき」といった考え方が定着した背景には、トゥースウェアという歯がいろいろな理由ですり減る病態について研究や認識が進んだことによります。トゥースウェアの中でも酸による歯の酸蝕症は、健康志向の高まりで果物や果汁ジュースの摂取が増えている現代人に多く見られるようになってきました。この視点から、酸の影響を受けやすい時間帯のブラッシングは避けた方がよいと注意が促されるようになったのです。

 しかし、近年になって、歯磨きのタイミングに関する考え方はさらに進化しています。結論から言えば、「食後すぐでも、30分後でも、どちらでも構わない」というのが、現在の一般的な見解となりつつあります。これは、さまざまな臨床研究の結果を総合的に分析して導き出された結論で、上述の仮説は認められませんでした。

 日常的な範囲の食事において、エナメル質が歯磨きによって大きく傷つくことはあまりなく、むしろ、食後30分開けることで、そのまま歯を磨くのを忘れてしまうのではないかと懸念されています。

 一方、強い酸性の飲食物を摂った直後(レモン水やワイン、酢の物など)には、確かに一時的にエナメル質が脱灰しているため、すぐのブラッシングを避ける方が無難だろうという意見もあります。このようなケースでは、しばらくしてから歯磨きをするか、シュガーレスのガムを噛んで唾液の分泌を促すといいでしょう。唾液には酸を中和し、歯の表面を保護する力があるからです。

 必ずしてほしいのは、寝る前の歯磨きです。その他のタイミングでは、朝食後にお出かけ前が理想的でしょう。食前の歯磨きはせっかくのフッ化物が流されてしまうのでよくありません。起床後の朝食前にお口をさっぱりさせたい場合は、フッ化物入り歯磨きペーストを使わずに磨いてくださいね。

 歯磨きのタイミングに関する情報は、時代とともに変化してきました。今では、「食後すぐでも、あとでも、フッ化物入り歯磨きペーストを使って1日2回、そのうちの1回は夜寝る前に」という考え方が支持されています。


画像説明

スウェーデンの薬局の歯磨きペースト売り場では「歯磨きペーストを2センチ使って2分間、1日2回磨きましょう」と書かれていました。


参考文献


  1. Amer M. Intracoronal tooth bleaching – A review and treatment guidelines. Aust Dent J. 2023 Jun;68 Suppl 1:S141-S152. doi: 10.1111/adj.13000. Epub 2023 Nov 17. PMID: 37975331.

  2. Eachempati P, Kumbargere Nagraj S, Kiran Kumar Krishanappa S, Gupta P, Yaylali IE. Home-based chemically-induced whitening (bleaching) of teeth in adults. Cochrane Database Syst Rev. 2018 Dec 18;12(12):CD006202.

  3. Mortazavi H, Baharvand M, Khodadoustan A. COLORS IN TOOTH DISCOLORATION: A NEW CLASSIFICATION AND LITERATURE REVIEW. International Journal of Clinical Dentistry. 2014 Jan 1;7(1).

  4. 西 真紀子, Dowen Birkhed. ニューノーマル 口腔ケアはどう変わる? 第12回「歯磨剤の成分でホワイトニングできる?」. よぼう医学 2023年春号No. 22 p. 12.
    https://www.yobouigaku-tokyo.or.jp/yobou/pdf/2023_02/05.pdf

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得

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