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宣伝文句を疑ってみよう
――フロスの「むし歯予防」表示を例に

 ドラッグストアのオーラルケアコーナーでフロスを眺めていると、ある商品のパッケージにこんな表示を見つけました。

「むし歯予防」

 何かおかしくないですか?以前、フロスについて説明し、「むし歯と歯周炎予防には効果が認められない、歯肉炎予防には効果が認められている」ということをお伝えしましたので、それを覚えている方ならば頭にクエスチョンマークがよぎるでしょう。

 ここで復習すると、世界的に信頼性の高い医療エビデンスのまとめとして知られる「コクラン・システマティックレビュー」やその他の論文では、フロスや歯間ブラシによるむし歯予防の効果は認められていないという結論が出ています。そして、フロスには歯肉炎の予防・改善に効果が認められています。

 歯と歯の間に溜まったバイオフィルム(プラーク)を破壊することで、歯ぐきの炎症を防いだり、改善したりする効果は、エビデンスとして認められているのです。つまり、フロスの本来の役割はむし歯予防ではなく、歯周病の初期段階である歯肉炎の予防です。それなのに、問題のパッケージには「歯肉炎の予防」とは一言も書いていません。ここが理解に苦しむところです。

 また、フロスに関するよくある他の誤解として、「フロスにフッ化物が添加されていればむし歯予防効果がある」と信じられていることがあります。しかしフロスという使い方では、フッ化物がむし歯予防に十分働くだけの接触時間や濃度を確保できません。たとえフッ化物が添加されても、フロスがむし歯予防になるとはいえないわけです。歯科先進国として知られるスウェーデンのナショナルガイドラインは、フッ化物が添加されたフロスの推奨をしていません。その理由は費用対効果、つまりコスパです。むし歯予防においては、フッ化物配合歯磨き剤による歯磨きが圧倒的にコスパが良いです。フッ化物を添加して付加価値をつけた分だけ値段が上がったフロスは、エビデンスの乏しい行動にお金と時間を費やさせることになる、という考え方です。

 さて、今回のフロスの例は、商品の謳い文句と科学的事実がずれている典型例として取り上げましたが、これはオーラルケアに限った話ではありません。健康食品、サプリメント、美容グッズ・・・私たちの身の回りには「○○に効く」「世界基準」「医師推奨」といったキャッチコピーがあふれています。しかしそれらの多くは、科学的なエビデンスの強さや文脈を無視したまま、消費者の不安や期待に乗っかっているだけのこともあります。

 大切なのは、まず疑ってみること。「本当かな?」と少し立ち止まってみてください。以前に科学的にはフロスはむし歯予防とは認められていないという質の高い情報を聞いていたのなら、商品パッケージのさもありなんという謳い文句で、それを上書きしないこと。その矛盾が科学の進歩による上書きなのかトコトン突き止めること。そういう姿勢が、余計な出費を防ぎ、無理や無駄がなく効果のあるケアを選ぶ力につながると思います。


写真説明

フロスは歯肉炎予防のために使いやすいものを。


参考文献


  • Worthington HV, MacDonald L, Poklepovic Pericic T, Sambunjak D, Johnson TM, Imai P, Clarkson JE. Home use of interdental cleaning devices, in addition to toothbrushing, for preventing and controlling periodontal diseases and dental caries. Cochrane Database Syst Rev. 2019 Apr 10;4(4):CD012018.

  • Nationela riktlinjer för tandvård


筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得

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