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むし歯が繰り返しできてしまう方へ

 多くの方のお口の中を拝見していると、ほとんどすべての歯に詰め物や被せ物が入っている方に出会うことがあります。親知らずを除いて28本もある大人の歯。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。きっと歯科医院に行くたびに「むし歯ができていますね」と言われて、削って詰めることを繰り返されてきたのだろうなあと想像します。そして、そのたびに

「自分の歯磨きの仕方が悪いのだ」
「あの夜、遅く帰って歯を磨かずに寝てしまったせいだろう」
「甘いものを食べすぎたからだろう」

と、自分を責めていらっしゃるのではないでしょうか。こんなに何度も治療と反省を繰り返すうちに、むし歯は予防できないとすっかり諦めてしまっているかもしれません。

 しかし、「むし歯は本来、稀な疾患である」と言われた著名な研究者がいました。そう、本当にそうなのです。その証拠に、数十万年にわたる人類の歴史の中で、むし歯がこれほど一般的になったのは、ごく最近の出来事にすぎません。欧米諸国では20世紀前半から、日本では1960年代以降に始まった、非常に特異な出来事なのです。そして、今、日本を含む先進国の子どもたちのむし歯は激減していますから、後の歴史家は、2000年を挟む100年余りは、大変特殊な時代だったと振り返ることでしょう。

 現在、明らかになっているむし歯の成り立ちを紐解くと、「むし歯は本来、稀な疾患である」ことに納得していただけるでしょう。それは、いくつもの条件がそろったときにだけ、やっと発症する病気です。これを分かりやすく説明する有名な考え方に「カイスの3つの輪」があります。これは、次の3つの要素が重なったときに、はじめてむし歯ができるという考え方です。

  1. 歯(宿主) ― フッ化物を利用することや唾液の量・質
  2. 細菌 ― むし歯の原因菌の存在
  3. 糖分(食生活) ― 糖類・でんぷん類の摂取頻度

 この3つの輪が重ならなければ、むし歯はできません。つまり、どれか1つの輪を小さく、小さくしたり、3つそれぞれの輪を重ならない程度に無理なく小さくすれば、むし歯は防げるということです。それはそんなに困難なことでもありません。

 むし歯が1本できたときに、お口の中は、この3つの輪が重なっている非常に稀な状態になっていると思ってください。お口の中の環境を変えて3つの輪を重ならないようにすれば、その瞬間からむし歯はできなくなります。どの程度まで輪を小さくすればいいのか、そこの判断が難しいところですが、ヒントになるようなモデルを、むし歯研究専門家たちが作り出しています。どれもまだ完全とは言えませんが、それらを参考にしていれば28本も犠牲になることはないでしょう。繰り返してむし歯ができているのならば、その対処法は的外れであり、違う角度で見る必要があるでしょう。むし歯は「あなたの努力不足」でもなく、「削って治る病気」でもなく、ただ、「お口の環境を整えれば防げる病気」です。そしてそれは、今日からでも変えていけるのです。


写真説明

むし歯の成り立ちを分かりやすく説明する「カイスの3つの輪」。
真ん中の黒い重なりをなくすとむし歯にならない。


参考文献


  • Roy C. Page, 三木靖夫, 岡田宏. 歯界展望 87 (5) 1075-1092, 1996.

  • ベンクト・オロフ・ハンソン, ダン・エリクソン著 ; 西真紀子訳.「スウェーデンのすべての歯科医師・歯科衛生士が学ぶトータルカリオロジー」オーラルケア, 2014.

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子
NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得

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