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2026年 年頭の所感
── 私たちはどこまで「口コミ資本主義」に従うのか

中央大学法学部 テミス像

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

私たち歯科医療従事者を取り巻く環境は、ここ数年で劇的な変化を遂げました。
デジタル化が飽和し、あらゆる医療情報が可視化された2026年。
患者が事前に情報を得られる透明性は、一見、理想的な医療環境をもたらしたかのように見えます。
しかし、その「透明性」は、いつの間にか別の不条理な力を帯び始めました。
医療の評価が、科学的妥当性や倫理ではなく、匿名による「市場の反応」や「数値」によって左右される場面が、確実に増えているからです。

2026年の年頭にあたり、コミュニケーション・ギアは、現代の歯科医院を侵食する構造的な問題──すなわち「口コミ資本主義」という仕組みが医療の本質をいかに濁らせているか、あらためて問い直したいと思います。

「拒否権のない参加」という閉塞感

現在、Googleビジネスプロフィールをはじめとするプラットフォームの管理は、医療情報の正確性を担保するための「インフラ管理」となりました。
問題は、このインフラに、医療者側が拒否することのできない「評価機能」が強制的に付随している点にあります。

誠実な医院ほど、情報の正確性を期そうと努力し、その結果として匿名の悪意や理不尽な評価にさらされ続ける。
この「拒否権のない参加」こそが、現代の歯科医療現場に広がる閉塞感の正体です。

かつて口コミは、個人の主観的な「意見」に過ぎませんでした。
しかし今、それらは資本へと変質し、検索順位や集客を支配する力を持っています。
そこにあるのは、実名で責任を背負う医療者と、匿名という盾に守られた書き手との、圧倒的な「力の非対称性」です。

最も残酷なコスト:精神的リソースの毀損

この環境がもたらす実害は、短期的な数字の増減にとどまりません。
より深刻なのは、本来、目の前の患者に向けられるべき医療者の「精神的リソース」が、匿名のノイズによって持続的に削り取られていくことです。
それは日々の診療の中で少しずつ集中力を奪い、判断を鈍らせ、医療の純度を濁らせていく。
この目に見えないリソースの毀損こそが、現代の医療現場における最も残酷なコストであると、私たちは考えます。
この濁流の中で、いかにして専門職としての自律性を保つべきか。 私たちは2026年、一つの指針を掲げます。


NOISE-FREE DENTISTRY 宣言
── 医療の純度を取り戻すための、3つの行動指針

私たちは、市場原理や匿名性の暴力に飲み込まれることなく、自らの医療方針を毅然と貫くために、以下の「戦略的な距離」を保つことを宣言します。

  1. 資源の再定義:その「心」を、誰のために使うか
    匿名者のノイズに心を砕く時間を、信頼を寄せてくれる患者の治療計画を精査する時間へ。
    限られた精神的リソースを、真に価値を共有できる人々へ100%配分します。

  2. 評価の再定義:数値よりも、科学と倫理を
    医療の正当性は、科学的根拠(エビデンス)と、数十年後の患者の健康という「結果」にのみ求めます。
    短期的な満足度というノイズに、長期的な健康という本質を譲り渡すことはありません。

  3. 対話の再定義:沈黙は、プロフェッショナリズムの表明
    悪意ある言葉に対し、議論の土俵に上がらないことは、不誠実ではなく、専門職としての「境界線」の提示です。
    変わらぬ基準(標準プロトコル)を静かに掲げ続けることこそが、知的な対話の基盤となります。

2026年、自分たちの「線」を引き直す

医療の本質は、不確実性を伴い、時間がかかり、すべての人に即座に理解されることを前提としない営みです。
とりわけ予防歯科は、数年、数十年という時間軸の中でしか、その正当性を証明できません。
即時的な満足を求める「言葉の暴力」とは、本質的に相容れない領域なのです。

「答えない」という選択は、逃避ではありません。 それは、限られた医療資源をどこに配分すべきかという、きわめて倫理的な判断です。

2026年、私たちは数字の多寡に翻弄されるのをやめ、自分たちの「線」を引き直さなければなりません。
沈黙すべきときには沈黙し、示すべきときには基準を示す。
その一貫した姿勢こそが、結果として最も強固な信頼を築くための、現実的で知的な戦略になると確信しています。

コミュニケーション・ギア 編集人: 伊藤 日出男


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