Skip to main content

なぜ、予防歯科ならスウェーデン?

 予防歯科の話をする時に、よく引き合いに出されるスウェーデン。この分野で世界を牽引しているのは確かです。その他の北欧諸国(デンマーク、ノルウェー、フィンランド)もよく似た歯科医療システムを取っているので、同じように優れた結果を出していますが、スウェーデンはそれらの国々の中でも人口が最も多く目立つ国です。

 そのスウェーデンも、今から約70年前には、世界で最もむし歯の多い国の一つでした。第二次世界大戦に参戦しなかったおかげで、戦後も裕福な生活水準を享受して、「文明病」であるむし歯が子どもたちの間でも蔓延していました。同じような「むし歯の洪水」時代は、遅れて経済発展した日本にもやってきます。そして日本では予防歯科よりも早期に発見し・削って・詰めてという治療の方を長く重視する道をとります。しかし、スウェーデンはデータを重視し、長期的視野を持つ国。治療をしても繰り返しむし歯になって切りが無いことをデータで明らかにして、1974年を境に予防中心の歯科医療システムに舵を切りました。

 ここでよく「スウェーデンは人口が日本よりずっと少ないから政策の変換に小回りが利く」と言われる人もいます。しかし、スウェーデンより人口が少ない国でもそうはできなかったりするのです。また、人口が少ないということはそれだけ人材の層も薄くなるのですから、少ない方が有利というわけでもありません。

 予防中心の歯科医療システムに転換してからは、赤ちゃんが生まれる前から妊婦さんにむし歯予防の教育をし、小学校の中や横に歯科医院を作って、児童が授業中に歯科治療やメインテナンスに通えるようにしました。その子どもたちが成人して親になる頃には、もうそのような仕組みは必要なくなり廃止。その分の資源を、今度は移民の人たちなどハイリスク者へ投入する仕組みを作っています。スウェーデンの医療哲学の根底には、全国民の健康を増進するという考えがあることの現れです。

 最近では予防歯科に心理学・行動科学・医学生物学を統合する行動医学を歯科医院で臨床応用しようとする動きになっています。「甘い物は控えなさい」「歯を磨きなさい」という一辺倒で言うだけの教育方法に長期的効果がないことが、科学的に明らかになっているからです。約30年遅れて日本で予防歯科が広まったと思ったら、スウェーデンはさらにそのまた30年先を行っているようです。

 どうしてこんなに科学的、学問的に俊敏に前進できるのか、歯学部に行ってみるとその理由がよく分かります。インターネットが一般に使えるようになった1990年代、スウェーデンのマルメ大学歯学部の教員たちは、もう講義や教科書の時代は終わったと見切りました。一方向の講義、何年も前の古い情報が詰まった教科書では学生たちが退屈してしまうという情報化時代、そこで取り入れられたのが問題解決学習法(PBL)です。PBLでは卒業してもインターネットを使って最新の科学的知見を学び続けられるように「学び方」を教育するということに重点が置かれます。さらに今、PBLも転換の時を迎え、ゲーム的な要素を取り入れた学習法が行われるとのことです。大学で現状課題の見つけ方と解決方法をしっかりと身に付けた歯科医師が、臨床医・研究者・教育者・行政官の道へ羽ばたいて行きます。


写真説明

スウェーデン・マルメ市庁舎。16世紀に建てられ、19世紀に改築された建造物。


参考文献


  1. Widström E, Eaton KA. Oral healthcare systems in the extended European union. Oral Health Prev Dent. 2004;2(3):155-94.

  2. Rohlin M, Petersson K, Svensäter G. The Malmö model: a problem-based learning curriculum in undergraduate dental education. Eur J Dent Educ. 1998 Aug;2(3):103-14.

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得