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田中利典先生:川勝歯科医院

規格化された口腔情報を活用し、ホームケアの質を上げる

田中先生が歩んだ道、深めてきた学びについて

田中先生が歯科医師を目指したきっかけや動機について教えてください。

明確な使命感があったわけではなく、幼少期に祖母から「折り紙が好きなら歯医者さんが向いているんじゃないかしら」と言われたことがきっかけでした。身内に医療従事者は一人もおらず、歯科医療とはどのようなものか、その奥深さを詳しく知らぬまま歯学部を目指しましたが、それゆえに歯科医師になった後も可能性を模索しながらキャリアを積み重ねることができました。

田中先生は東北大学歯学部を卒業後、東京医科歯科大学補綴科に入局されています。そして、歯内療法専門歯科医院に勤務した後、米国コロンビア大学歯学部歯内療法専門医課程を卒業されました。これらの経緯・動機・学びについてお聞かせください。

歯学部卒業時には、まずは補綴の基礎をしっかりと学び経験を積む必要があると感じていました。痛みや腫れは医師でも処方で応急処置が可能ですが、「噛めない」ことに関しては歯科医師でしか対応できません。様々な欠損形態がある中で、治療計画の立案、その患者さんにとって最適な補綴方法の選択、技工作業との連携、を一口腔単位で学ぶために、専攻生として3年間研鑽を積みました。その2年目ぐらいの時に、力のコントロールと合わせて感染のコントロールについてもバランスよく学びたく思い、のちの勤務先となった澤田デンタルオフィスへ見学に行くようになりました。

その後勤務しだして2年目くらいでしょうか、歯内療法専門医として仕事をされている院長の澤田則宏先生の背中を追いかける思いで留学への気持ちが大きくなり、出願条件を揃えながら米国の専門医課程への進学を目指しました。いくつか出願した中でコロンビア大学が一番に返事をくださり、その後の面接試験にも合格し、念願叶って2008年に進学したというわけです。

歯内療法では1本の歯に対して治療を進めていきますが、一口腔単位で捉えるトレーニングを事前に積んでいたことは私にとって貴重な財産でした。今までの学びを通して、ある時は視野を広く、またある時は細部にフォーカスして、口腔疾患を捉える眼を養うことになったと感じています。

その後、日本に戻り、奥様で院長の紀子先生とともに川勝歯科医院で診療されています。先代の院長(紀子先生のお父様)の頃と現在の貴院では、診療方針や患者さんの主訴などで違いはありますか?

当院は2009年に現院長へと世代交代しました。先代の頃から予防歯科を意識してリコールによる口腔清掃を行なっていましたが、現在は皆さんのホームケアの質を上げ予防メインテナンスの適切な間隔を把握するべく、唾液検査をはじめとした規格化された口腔健康情報を活用しています。予防メインテナンスは保険外ということもあり、その間隔が適切かどうかは皆さんにとっても私たちにとっても非常に重要です。

この取り組みを推し進めるにつれて、来院される方々の主訴も定期健診やメインテナンス希望といったものへと変化してきました。もちろん症状を訴えて来院される場合もありますが、「これ以上同じようなことで困りたくない」という前向きな意識をお持ちの方が多いように思います。また、ご家族の勧めでいらっしゃる方も次第に増えてきました。「予防し育んでいけば歯を失うことは非常に稀である」ということが皆さんに次第に浸透してきているのではないでしょうか。

専門医が関わる利点を活かした歯内療法

歯内療法について

田中先生が専門にされている歯内療法は、適切なコンサルテーション、最先端の知識・技術・設備(マイクロスコープなど)、高度な消毒・滅菌環境が必須となります。可能な限り歯を残すために行うこの治療は予防歯科の観点からも非常に重要ですが、日々の診療で特に大切にされていることをお聞かせください。

歯内療法に関して特別に大切にしていることはありません。むしろ、仮に専門医が根管治療をお手伝いしても、その歯が生涯に渡って機能し続けられるかどうかは患者さんご自身の意識も要因の一つになりますよ、とお伝えすることでしょうか。

歯内療法に関するほとんどの問題は続発性疾患です。そもそもむし歯がきっかけとなって歯髄炎や根尖性歯周炎へと問題が深刻化していきます。この時、術者が根管治療の難易度を把握せずに介入すれば、治るものも治りません。結果的に繰り返しの治療サイクルに陥ってしまい、抜歯時期が次第に近づいてくるでしょう。したがって歯髄炎や根尖性歯周炎に取り組む場合、疾患の始まりであったむし歯へのアプローチは本来不可欠で、その上で質の高い治療を提供することが理想的です。

一方で私自身はあくまで根管治療のみを行っていますので、今後の口腔健康の鍵を握るのは患者さんご自身と、紹介元のかかりつけ歯科医院に委ねられています。そのため、皆さんにはかかりつけの歯科医師や歯科衛生士と良い関係を築いてください、と必ずお伝えするようにしています。

貴院は他院のGPから専門的な歯内療法が必要な患者さんを紹介されることが多いと聞いておりますが、その際受け入れる対象の地域や受け入れやすい口腔内の状態を教えてください。また、予後の管理はどのようになさっていますか?

根管治療の診察回数は2,3回程度で、予後の経過観察でも年に1回ほどの来院ですので、来院される方が許容できる距離ならば受け入れ対象地域というものは特に限っていません。例えば当院での根管治療のために一時帰国し通院された方も中にはいらっしゃいます。しかし一番大切なことは、その方にかかりつけ歯科医院があるか、そしてその歯科医院とは定期的に通院する関係が今後築けるか、です。その点では、標準的な予防歯科医療に取り組んでいるQOLサポート歯科医院(オーラルフィジィシャン診療所)とは連携が非常にスムーズに行えます。

そもそも、症状のあるところだけ治療を行ってそれでおしまい、では専門医が関わる利点はさほどないかもしれません。かかりつけ歯科医院での、治療後を見据えた予防歯科医療や難症例の場合の医療連携が成熟していれば、皆さんの口腔内はよりよく、またより長く安定したものになるでしょう。

田中先生は川勝歯科医院で日々診療されている傍ら、日吉歯科診療所で非常勤の歯内療法担当医として勤めていらっしゃいますが、この経緯や学びについてお聞かせください。

私と同じく米国に留学し専門医課程をご卒業され、現在補綴専門医としてご活躍の熊谷直大先生に2013年の秋にお誘いいただきました。被せ物やブリッジで歯を治療する際、その歯の根の状態によってはのちに病変再発の危険があります。結果的に大掛かりな再治療へと発展しかねず、補綴治療の質を高めれば高めるほど根管治療の質も高めなければなりません。そこで専門医同士の医療連携として、山形県酒田市の日吉歯科診療所での診療をご提案いただきました。

翌年以降、日吉歯科診療所、熊谷直大先生と一緒に仕事をすることで、かかりつけ歯科衛生士がきちんといる環境で良質な治療を行えば歯科医療の価値そのものが高まることを学んでいます。この経験から、川勝歯科医院でも口腔の健康を育む歯科医院作りを目指し、スタッフとともにオーラルフィジシャンセミナー受講など予防歯科医療に本格的に取り組むこととなりました。

明確な科学的根拠をもとに、予防歯科の重要性を社会に訴える

予防歯科の実践について

貴院が予防歯科を実践する上で軸にしているMTM(メディカルトリートメントモデル)を導入された理由や一般的な予防歯科との違いについて教えてください。

歯の喪失の二大原因はむし歯と歯周病です。むし歯の発症を根本的に断ち切らなければ繰り返しの治療から抜け出すことはできないでしょう。歯周病の進行を食い止めるアプローチもむし歯の場合と同じです。日吉歯科診療所での経験を踏まえ、当院の一般診療でもこのような残念な歯科治療の繰り返しを断ち切るべくMTMを2014年に導入しました。

それ以前は一般的な予防歯科として定期的な口腔清掃を皆さんにご提案していましたが、早期発見・早期治療のスタイルを抜け出せずにいました。根拠や指標がないままの口腔清掃には限界があり、新たなむし歯ができたり、歯周病で急に腫れたり、何よりホームケアの重要性を皆さんに十分お伝えできていなかったのです。

医科領域でもそうですが、疾患の発症リスクをご本人が知ることでその人の健康意識はより高まります。正しい知識があると、生活習慣も含めて大きな行動変容を起こすこともあります。このような動機付けにMTMの流れは非常にふさわしいと感じています。

診療データの情報提供について

クラウドサービスを利用して診療情報を患者さんと共有することに対しての患者さんの反応、スタッフの労力、その効果などを教えてください。また、予防歯科をさらに社会に普及させるためには、どのような取り組みが必要になるとお考えでしょうか?

クラウドサービスの利用は現時点ではあくまで診療情報の提供です。今のところ皆さんにしてみればデジタルデータと紙媒体とではそれぞれ一長一短なのかもしれません。しかし今後のIoTの発展とともに、クラウドによる健康情報管理は皆さんにとって重要なプラットフォームになり、サービス母体は価値ある情報ハブになると期待しています。したがって、クラウドサービスによる医院側の経費や労力は未来への投資と捉えています。

また、予防歯科をさらに社会に普及させるためには、予防医療に価値があるという科学的根拠をもっと明確に示す必要があると思います。例えば教育経済学では、地域で実験的なランダム化比較試験を行うことで新たな教育手法を国全体や政策に取り入れるかどうか吟味しています。ある歯科医院で取り組んだら効果があった、でなく、多施設共同研究のようなもので、治療と予防の相乗効果を医療経済面からも評価し、社会に訴えていく必要があると思っています。

スタッフ全員が同じ理念を共有し、患者さんを健康に導く

採用・教育・マネジメントについて

貴院は専門医によるチーム治療を提供されていますが、採用・教育・マネジメント面で大切にされていることを教えてください。

歯科医師、歯科衛生士のみならず、受付、歯科助手も含めて、歯科医院が目指している医療を共有し共感できるかがもっとも大切だと思っています。当院のそれは「全身状態や生活スタイルから歯科疾患を捉える力と、適切な予防メインテナンスによる口腔健康のサポート」です。

歯科医師・歯科衛生士は単に手が動けば良いわけではなく、正しい医療知識を身につけ、またそれらをつなぎ合わせ、皆さんを健康に導くことが求められます。また、治療後も良い状態をサポートする意識が欠如していると、その場限りの処置に終始してしまいます。当然受付や歯科助手にもその意識が求められます。

診査、診断、治療、予防、の流れの中で、スタッフ全員が同じ目線で様々な角度から関わることで、歯科医院の雰囲気や特色が醸成されると思います。したがって採用・教育・マネジメント面では、「私たちが目指している医療の共有・共感をより強固なものにできるか」という点を常に意識しています。

今後の展望・展開について

今後の展望・展開について教えてください。

診療所のハード面の改善を考えると建て替えや移転という話になり、都内では容易にはできません。規模を大きくするなら分院展開なのかもしれません。ただ、今やるべきことはPDCAサイクルに基づいてソフト面を改善していき、皆さんの口腔健康を育む地道な努力を続けることだと思っています。特に最近は乳歯列期・混合歯列期で来院される方が増えてきました。現状に合わせて、さらには先を読みながら、新たな取り組みに挑戦していきたいです。

また、いずれ医療経済学の研究でも関わりが持てるよう、来院される皆さんの口腔健康情報をきちんと整理しておくことも必要です。来院された初診日がMTM導入前と後では揃っている資料にばらつきがあるため、随時補完しながら予防歯科医療を啓発していきたいと思います。

最後に、歯内療法専門医として治療主体の仕事をしながら皆さんの口腔健康に思いを馳せることができるのは、当院の一般診療を担う院長とスタッフがそばにいてくれるからです。そのことに感謝し、彼女たちが実力を十分に発揮できるよう職場環境を整え、ともに成長していきたいと思います。

田中先生による自己評価(5点満点)