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いとう歯科診療室:伊藤陸先生

歯周病治療をベースに、口腔単位の健康維持に努める

社会人から、少年時代に憧れていた歯科医師の道へ

歯科医師を志した理由について教えていただけますでしょうか。

 子どもの頃、小学校4年生から歯の矯正を行っていました。担当の先生がとてもよい先生で、自分も歯科医師になりたいと思うようになりました。大学受験を前に、「自分は歯学部に行こうと思っていますがどうでしょうか」、とお伺いしたところ、「歯科はあまり勧めない、これからはバイオの時代だから理系なら生物系に進んだほうがいい」と言われ、考えた結果、農学部分子生物学科に進みました。
 大学卒業、大学院を修了し、企業に就職しました。就職氷河期まっただ中で、倍率は500倍を超えていました。おそらく今までの試験の中で、一番の倍率をくぐりぬけ内定した会社でしたが、その会社で長く働くイメージが湧かず、もう一度歯科医師に挑戦しようと新潟大学歯学部に3年次編入で入学致しました。
 今なら、幼少期から診てくれた先生が「歯科はあまり勧めない」といったことも、よくわかりますし、辞めた会社が優良企業だったことも身に沁みますが、あの決断は正しかったと言えるよう、日々臨床に向き合おうと思っています。

伊藤先生は東京のご出身ですが、新潟市で開業された経緯についてお聞かせください。

 一度、社会人として企業に就職し、働きながら編入試験を受けていたので、多くは受験できませんでした。新潟に行きたいというより、新潟大学しか受からなかったという現状でした。それまで東京を出たことがなく、初めて新潟に降り立った時、自然豊かで、海があり、何しろこれから夢に向かっていく充実感でワクワクした記憶があります。
 すでにいい年だったので、新潟大学在学中に、東京の大学生の頃からお付き合いしていた彼女と結婚しました。彼女が新潟を非常に気に入り、新潟市で公務員になったので、ひっぱられる形となり新潟市で開業となりました。

歯周病専門医として、適切な歯周病治療を提供する

憧れの歯科医院で研鑽を積み、診療スタイルの礎を築く

旧来の削って詰めるだけの「むし歯治療」から、検査診断に基づいた「口腔単位の治療」に力を入れようと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

 私たちの世代では大学卒業後に研修医が義務化されておりました。当時は早く一人前になりたかったので、研修医制度は面倒だなと思っておりましたが、今思えば、色々な歯科医院を肌で感じることができて良かったと思っています。大学卒業時には、長野市にある歯周病治療で有名な歯科医院での就職が決まっていました。院長先生は歯周病治療においてはレジェンドであり、人格的にも素晴らしい先生で、どうしても就職したかった歯科医院でした。研修医では、東京の大型歯科医院で、まさに主訴対応の「削って詰める」、「患者を多数診る」治療スタイルで、歯周病治療、定期検診とは関係ないような感じでした。
 研修医を終え、長野の歯科医院に就職すると、180度診療スタイルが違っていました。歯周病治療をベースに、全顎診査、全顎治療を行い、治療終了後の良い状態を一日でも保つように定期検診を行っていく、治療計画書もだれが見てもどのステージにいるか整備されており、もちろん担当衛生士制で、診療時間も十分確保されていました。歯科医院の雰囲気、働いているスタッフの幸福度、通院してくる患者さんの健康観、すべてにおいて優れておりました。
 勤務当初から診療哲学、体系、技術、すべてを当時の院長先生と、息子さんである副院長先生に指導して頂きましたので、「口腔単位の治療」に力を入れようと思ったきっかけというより、歯科医師として働き始めた時から、このスタイル以外に考えられないといった感じでした。

日本歯周病学会で専門医を取得するまでの経緯、また歯周病患者との臨床に関するエピソードがありましたら併せて教えてください。

 長野で勤務した歯科医院が、日本歯周病学会研修施設でしたし、院長先生、副院長先生も日本歯周病学会指導医・専門医でしたので、自分も自然と専門医を取得したいと考えておりました。新潟で開業してから、「歯磨きの際に、歯ブラシが血だらけになり心配だ」を主訴に来院された患者さんがおりました。話を聞くと毎月歯科医院にメインテナンスに通院していたとのことでした。多くの患者さんは歯科医院であればどこでも適切な歯周病治療が受けられると思っておられますが、適切な歯周病治療を提供している歯科医院はおそらく10%もないのではないでしょうか。その方は当院にて治療し、現在メインテナンスに移行し、良好な状態を維持しています。
 歯周病とはどういう病気か、防ぐにはどうしたらよいのか、その治療法とは何か、正しい知識を歯周病専門医として、広めたいと思うきっかけになりました。

歯周病治療は患者さんのご理解、役割を把握してもらうことが重要

妥協なき歯周病治療

臨床家として歯周病治療をするにあたって留意していることはございますか。

 歯周病治療は医療側だけ尽力しても成功しません。役割は医療側と患者さん、それぞれ半々くらいだと思っています。ですから、患者さんには歯周病とはどういう病気かをしっかり理解してもらい、自分の治療に対する役割はなんなのかを把握してもらうことが重要です。当院では、全顎検査が終了した後に1時間ほどかけて説明致します。患者さんのパーソナリティーや病状、希望する処置などを考慮して、治療計画を立てていくようにしております。
 この患者さんのパーソナリティーを見抜くというのは意外と大事で、患者さんとの信頼関係が構築されると、ほとんどの処置がうまくいく傾向があります。

世間一般にも“歯周病”が“全身疾患”に影響を及ぼすことが知られてきました。ご興味のある読者も多いと思いますので、その関係性について教えていただけますでしょうか。

 歯周病は歯周病原細菌によって引き起こされる感染性の炎症疾患です。急激ではないけれど、絶えず炎症を起こしている部位があることを示しています。
 歯周病原細菌は組織に浸透していくので、血流に乗って全身を回ります。また、身体は歯周病原細菌と戦うために炎症性物質を産生し、それらも血流にのって全身を回ります。これらが他の慢性炎症である糖尿病、心血管疾患(動脈硬化など)や関節リュウマチ、慢性腎臓病、低体重児出産などと関連していることが明らかになっています。
 情報番組や週刊誌で歯周病と全身疾患への影響は患者さんの知るところとなっておりますが、歯周病とはどのような病気か分かっている方が少ないのも事実です。このような全身への影響を知ることをきっかけとして歯周病についてより理解して頂けるとよいのではないかと思っています。
 歯周病を身体の表面で例えるなら、腕に細菌性の感染が起きて、大きさは500円玉2枚くらいかもしれませんが、いつも炎症が起きていて、腫れぼったくて、ぐちゃぐちゃで容易に出血し、膿が出る、そして骨が少し溶けている状態です。皆、すぐに病院に行くでしょう。歯周病はそういう病気です。

治療後に定期メインテナンスに移行しますが、患者さんが継続的に通っていただけるように患者教育(予防への意識改革)で工夫されていること(モチベーションの維持など)がございましたら、お聞かせください。

 当院では初診の予約時に、主訴の解決を行った後は全顎検査を行い、口腔単位で治療を行う、その後はメインテナンスに通って頂き良好な状態を維持することを目指す、ということを説明しております。また、全顎検査後の説明、歯周病治療終了時、治療終了してメインテナンス移行時、などステージが変わるたびにメインテナンスの重要性を説明しております。欧米諸国のようにメインテナンスが当たり前になれば、このようなモチベーションは不要なのでしょうが、日本はまだまだメインテナンスが定着しておらず、「痛くなったら歯科医院にいく」、風潮が根強いので、このような対応が必要なのだと思っています。むし歯で痛くなるようなら歯髄を取る処置になり、歯周病で自覚症状を感じるようなら抜歯になるかもしれないことを徹底して説明しています。

衛生士は歯周病治療における主役であり、予防にも力を発揮する唯一の存在

チーム医療で患者さんの健康増進をサポート

患者さんの行動変容に関して印象的なエピソードがございましたら、教えていただけますでしょうか。

 最初は歯科恐怖症で麻酔をするのもやっとのような患者さんが、虫歯、歯周病のことを理解して、徐々に治療を受け入れるようになり、最終的には歯周病の手術を含め、全顎的な治療が終了した方がいらっしゃいました。現在でもメインテナンスに通院してくださり、80代後半ですが、良好な状態を保っています。
 歯周病治療が進み、歯周組織の改善を実感し、自ら禁煙する方もいらっしゃいます。
あとは、歯周病治療を終えて、これから虫歯や欠損の治療に移行する患者さんが、「親からもらった大切な歯を粗末にしてしまった自分への戒めとして、被せ物などすべて自費でおこなって下さい」とおっしゃられた方も印象に残っています。
 当院が患者さんの行動変容を起こした例ではないですが、アメリカの大学に留学した当院患者さんの息子さんが、アメリカの大学生の歯が皆きれいで、定期的にメインテナンスに通院していることに驚き、卒業後帰国したら、必ず歯科医院に行こうと決めていた、といって当院に通院してきたことがありました。

歯科衛生士に期待すること、臨床における存在価値などを教えてください。

 歯周病治療において大事な役割を担っているのは歯科医師ではなく歯科衛生士だと思います。歯周病治療において大事な生活習慣の改善、モチベーションも含めた歯周基本治療の主役だからです。また、担当衛生士制で治療後のメインテナンスを行うと、非常に長いお付き合いになります。患者さんの生活背景、生活の変化、体調の変化など気づくことも多いですし、患者さんも院長には話にくいことも担当衛生士には話しやすいようです。歯科衛生士は歯周病治療における主役でもあり、全身的な健康状態も把握しながら、歯科疾患にかからないよう定期的に患者さんと接し、予防にも力を発揮する医療従事者の中では唯一の存在だと思います。

診療哲学・体系・技術をもって、患者さんと真摯に向き合う

今後の展望・展開

貴院の所在地である新潟県新潟市の患者傾向の特徴を教えてください。また開業当初と現在の患者さんの口腔内の状況や診療二―ズに変化はございますか。

 中高年の方は歯の大事さが身にしみている方が多く、全顎的な治療を終えて、メインテナンスを継続する方が多いですが、30~40代の働き盛りの方々は、まだまだ困ったところ、主訴の部分だけ早期に、短期に、安く治療を望む方が多いようです。新潟市の中心地ではなく郊外なのでその傾向が強いのかもしれません。
 それでも開業当初よりは、口コミや患者さんの家族が来院してくれることもあり、初診時から当院のやり方を理解してくれる方が増えた気がします。
 これからはできるだけ若年のうちから口腔内への関心を高めてもらって、重度の歯周病や重度の虫歯になる前から、メインテナンスにて健康な状態を保つことが大事だと思っています。

最後に貴院の今後の展望・展開についてお聞かせください。

 各医院によって診療哲学や治療の進め方は様々です。当院は全顎検査、歯周病治療をベースに治療そのものが予防的であるように心がけています。歯周病を治したい、健康な口腔内を維持したい、などの意識を持った患者さんに時間をかけて、丁寧に診療していきたいと思っています。地域の健康観を変えるほどの力は当院にはないので、せめて当院の内部の雰囲気だけは、歯科に対する健康観の高い、欧米諸国や北欧のようでありたいと思っています。歯周病に真摯に向き合える歯科医院として存在していきたいですし、そこに意識ある患者さんが集まってくる、そういう正のスパイラルを目指したいと思っています。

先生による自己評価(5点満点)